2018年度 目路はるか教室

3Iコース

先端医学研究の現場から考える疾患克服の戦略

昭和63(1988)年卒業理化学研究所・脳科学総合研究センター 研究員 / 慶應義塾大学医学部 訪問研究員

岸 憲幸 氏(きし のりゆき)

 この度は第21回目路はるか教室の3年生の授業を担当させて頂いたのですが、私が普通部生だった頃には目路はるか教室はまだありませんでしたので、どのような構成にすれば良いのか試行錯誤しました。「先端医学研究の現場から考える疾患克服の戦略」というテーマを掲げていたので、病気を治すための基礎研究の現場を紹介しようと漠然と考えておりましたが、あまり専門的になり過ぎない、なるべく実際に研究を行っているところを見てもらうという方針でスケジュールを組み立てました。

 今回の授業のテーマとして、慶應義塾大学医学部が理想として掲げている「基礎臨床一体型医学・医療の実現」を据えました。基礎研究は、ともすると一般の人には理解できない、役に立たないものと思われがちですが、初代医学部長の北里柴三郎先生も世界的な医学者であったように、慶應義塾大学医学部においては、基礎医学と臨床医学は別々なものではなく、臨床応用を念頭においた研究、研究能力を備えた医師の養成を目指しており、疾患克服のための基礎医学研究は、研究者、臨床医を問わずに盛んに行われております。

 私自身、医学部を卒業する際に基礎医学の道に進むか、臨床医としての道を進むか迷いましたが、研究を通じて病気の治療法を見つけることができれば、目の前の患者だけでなく、世界中の患者はもちろんのこと、未来の患者も治療できると考え、現在の上司でもある岡野栄之教授の下で大学院生として研究を始めました。そして、研究留学した米国ボストンにおいて、レット症候群という女児の神経発達障害の研究に携わることになり、現在に至るまでこのレット症候群の研究をしております。授業では現在私が研究を進めている、コモンマーモセットという小型霊長類モデルを使った研究を解説し、将来レット症候群の治療法開発に貢献する可能性を説明しました。また、学生の方が一番興味をもっていたiPS細胞についても開発の経緯や、慶應義塾大学医学部を含め日本で行われているiPS細胞を使った臨床治験についても解説致しました。

 百聞は一見にしかずということで講義に加え、3つのグループに分かれて生理学教室の一般的な実験室、iPS細胞の研究を行っている培養室、そして電子顕微鏡室の見学を行いました。培養室においては顕微鏡下で本物のiPS細胞を観察してもらい、また電子顕微鏡室では世界に数台しかない巨大な電子顕微鏡装置を見学してもらいました。後日頂いた学生の方々の感想文でもこの見学について述べられていることが多く、研究の現場を身近で感じて頂けたのではないかと思っています。

 授業の最後に急激に進歩を遂げる科学技術と社会との関わりについて普通部の学生の方々にフリーディスカッションをして頂きました。科学の進歩は良い事ばかりではなく、今までになかった新たな問題も引き起していることを若い学生の方にも考えて欲しいと思ったからです。テーマとしてゲノム編集技術というここ数年で急速に発展を遂げた技術を挙げ、医療や産業への応用に賛成か反対かそれぞれの立場で理由を述べてもらいました。この議論を通じて、異なった立場の考え方を尊重し、社会の同意を得ながら進めていくことの重要性を認識してもらったと思っております。

 私たちの学年は昭和最後の普通部卒業生で、それから30年、平成最後の目路はるか教室で、後輩の学生の皆様に私の仕事を紹介することになったのも何かの巡り合わせかと思っております。私自身、普通部生の頃に養われた考え方は今でも大きな影響を与えておりますので、今回の私の授業で普通部の学生の方に何かを学んでもらえたのであれば、卒業生として嬉しい限りです。

 最後になりましたが、今回の授業を行うにあたりご指導、ご協力頂きました普通部の篠原先生、跡部先生、世話人の江木先生、また岡野教授をはじめ生理学教室の皆様、総務課の皆様にこの場を借りてお礼申し上げます。

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