普通部とは

普通部長のご挨拶

「慶應義塾の目的」より
――我日本国中に於ける気品の泉源、智徳の模範たらんことを期し
……以て全社会の先導者たらんことを欲するものなり。

普通部長 荒川 昭 普通部長 荒川 昭

新型コロナウィルス感染症により学校は様々な影響を受けています。普通部も休校を余儀なくされた時期がありました。学びを止めないよう、Google Classroomを利用した課題配信や授業配信を行い、オンデマンドのオンライン授業を行いました。緊急事態宣言中は、時差・分散登校にし、生徒数半分で授業を行いました。行事については公開を限定したり、形を変えたりして、労作展、運動会、目路はるか教室を実施しました。この休校をきっかけにタブレットを利用したIT環境を一気に推進しました。その後一人1台のiPadを持ち、従来の授業とタブレットを利用したハイブリッドの授業を展開するようになったお陰で、2022年1月に新型コロナウィルスが再び大流行した際も、オンライン授業へスムーズに移行できました。「相対(あいたい)」や「気風」を大事にする学校の基本は守りつつ、通常通りの学校生活を送れるよう努力しています。

普通部は福澤諭吉先生の教えのもと、一貫教育校として独自の取り組みを行っています。未来に生きる慶應義塾の塾生に福澤先生が託したことは、個人として独立して身を立て、やがては広く社会の先導者となり、社会に貢献する人となることです。普通部生の第一歩は、自ら学び、自ら考え、日々こつこつと「学び」を続けることで、それは、知識を習得するだけではなく、じっくり観察し、自ら判断・行動し、自己表現することです。「全社会の先導者」は、誰かに「解」を教わるのではなく、自ら進んで「解」を得なければならないので、自ら学び、自ら考えることが大切なのです。普通部では、生徒の「なぜ」「どうして」の学びの本質を大切にしながら、自己表現をすることを大事と考え、自分の考えをまとめ表現する機会を多くしています。実験のレポート、ノートを書くこと、課題、プレゼンテーション、発表などの様々な形で、読む力、書く力、話す力、話を聴く力、発表する力を伸ばしています。

福澤先生は、1890年慶應義塾の課程に「大学部」が設置されるのを機に、基本的な知識や教養、技術を広く身につける従来からの過程を「普通部」とよぶことにしました。この普通部の課程こそ、総合的な判断力を養い、幅広い教養を実社会に活用させるという、慶應義塾における教育の基本的形態そのものです。福澤先生は『学問のすゝめ』初編で、学問について「専ら勤むべきは、人間普通日に用に近き実学」であると書いています。「人間」を「じんかん」と読めば、それは社会を意味します。「普通」とは、「普(あまね)く、通ずる」です。普通部で学ぶべき内容は、世の中がどのように変わってもとても大事なことばかりです。

また、福澤先生は、独立した個人が、他の人と、幅広く交流し、付き合うことの必要性も説きました。それが「人間交際」です。学問をすることによって、人々の志や思想やモラルが高くなり、学問を修めた人には、自然と人望も集まるものであり、その学問の発展は先生から教えを受けるだけではなく、同学年や同位の他人との交流からも得られるものだということです。

個人として成長するには、他の人からの刺激が不可欠です。友人たちと互いに評価し合い、心をゆっくり通わせて、一生の仲間を育ててゆく「人間交際」の場に、普通部はなっていくでしょう。ここには、そのための機会や時間が沢山あります。

普通部は一貫教育体制が整った1898年を普通部起算の年として、1998年に普通部100年、2023年には125年を迎えます。現在、未来の先導者、未来のリーダーを育てるプログラムを考えています。

普く通ずる教育、労作展、目路はるか教室、これら三つを柱に多くの「学び」や「人間交際」が普通部にはあります。様々なことに興味を持ち、心豊かに真の友達を作る中学時代、普通部で本物の力を磨き、将来、「全社会の先導者」として活躍されることを期待しています。