2018年度 目路はるか教室
2Eコース
普通部卒業後の40年を振り返って
昭和52(1977)年卒業セイノーホールディングス 株式会社 代表取締役
田口 隆男 氏(たぐち たかお)
本日はEコースに参加していただいことに御礼申し上げます。「普通部を卒業してから40年を振り返って」との表題ですが、何故普通部を卒業してからと申しますと、幼稚舎から慶應義塾ですが、勉強は出来ない、部会活動に精を出さない、普通部時代は無気力な生徒でした。普通部時代に良い思い出はありませんでしたが、塾高でボクシング部に入り、ボクシングをしてから変わりました。大学まで続けまして主将を務めましたが、大学1年から関東大学ボクシングリーグ戦に出場しまして、リーグ戦や早慶戦において、監督・コーチ・部員・OBから常に勝利を期待されていました。ボクシングは個人競技ですが、リーグ戦や早慶戦は7人対抗の団体戦でしたので、チームとして目標に向かって一丸となって取り組むことで達成感を得ることが出来ました。
塾高に入学してボクシング部に入りたいと両親に伝えた時は反対されまして、試合に出ないとの約束で何とか入部を許可してもらいましたが、私の意志があまりに固いので最後は諦めたようです。ボクシングを始めたことが私にとって転機でした。両親の反対を押し切って初めて自分で決断したことでした。
大学を卒業して日清製粉㈱に入社しましたが、社会に出て大きな転機となったのが結婚であります。皆さんもこれから経験することになるでしょうが、人生においては、どこの学校(学部)に入るか、どこの会社に入るか、そして誰と結婚するかと必ず転機があります。それが私にとっては結婚でした。結婚1年後、名古屋市に転勤、初めて東京都以外で生活することになり、その1年後に岐阜県にある西濃運輸㈱のグループ会社である岐阜日野自動車㈱に転職しましたが、これも自ら決断したことです。それから婿養子となって田口性となり、西濃運輸㈱のグループ会社から西濃運輸㈱へ転籍となり、現在は西濃運輸㈱の純粋持ち株会社であるセイノーホールディングス㈱の代表取締役をしています。
セイノーグループは私の妻の祖父に当る田口利八が中古トラック1台で創業しまして、現在はグループ会社86社、従業員数3万名超、車両台数2万台を超える企業グループに発展しました。
創業者の経営理念は、「会社を発展させて従業員を幸福にする」でありますので、グループ会社の社長・会長を何社か兼任していますが、常に念頭において経営に当たっています。
私が社長・会長をしている会社は、自ら創立した会社もあれば、M&Aでグループ化した会社もありますので、創業者の経営理念を基に、計画(PLAN)を確り作成し、PDCA(PLAN→DO→CHECK→ACT)サイクルを確り回して、検証を行うよう心がけています。ボクシング部の主将時代も同様でしたが、計画(PLAN)を作成し、実行(DO)、評価(CHECK)、結果が出なければ仮説検証し改善(ACT)する。ボクシング部の主将は1年間だけのことでしたが、企業では継続的に実施し改善していかなければなりません。上場会社ですと、四半期(3カ月)毎に決算の開示が義務付けられていますので、PDCAをショートインターバルで回して改善できるよう努めています。経営するに当ってPDCAサイクルとともに心がけていることがコミュニケーションです。
岐阜三田会の副会長をしていますが、慶應義塾を卒業して地方に在住してみますと慶應義塾のつながりの強さをより感じます。いずれ皆さんも在学中より慶應義塾出身で良かったことを感じる時が来ると思います。本日はこの様な機会をいただき有難うございました。