2024年度 目路はるか教室
2Aコース
ちょっと変わっててもいいですか? 〜医師として行政勤務、留学、そして国際機関勤務〜
国際医療福祉大学 学長/WHO日本政府代表 執行理事
鈴木 康裕 氏 (スズキ ヤスヒロ)

私は、普通部(1975年卒、剣道部)、塾高(1978年卒)を経て、医学部(1984年卒、ヨット部)を卒業し、医師として行政を行う「医系技官」として、厚生労働省に36年間勤務した、いわば「変わり者」です。
医学部に行こう、ヨット部に入ろうと思ったのは、ベタな上昇志向と異性にモテたいという不純な動機からですが、外科志望を諦めてWHOを志したのは、学生時代に訪れた南米で、原住民の感染症死亡に対して抗生物質を大量に投与した例から、「目の前の患者のために「いい医療」をしたとしても、結果として、地域社会に必ずしも「いい結果」を持たすわけではない」と痛感したからでした。
また、新型コロナの当初(ワクチンや治療薬もいまだ開発されていない段階)に厚労省の対策本部の責任者だった経験からは、「わからない、不確実性の中で決断すること」の大変さです。特に当時間近でお仕えした安倍総理が背負われた決断の重さと孤独は、ご本人しかわからないものだったと思います。
日本の受験競争は「わかっている答えに、いかに早く正確にたどり着くか」を競うものですが、現実の社会では、「答えがわかっている決断」なんて、実際はほとんどないんです。
その他、後輩たちにぜひ感じ取ってほしかったメッセージは、以下のようなものです。
・他流試合と競争が人を強くする。人は失敗からしか学べない。
・生き残るのは大きく強い者ではない。環境に適応する者だけが生き残る(例:恐竜の絶滅)。
・自分探しに手間を惜しまず、「なりたい自分」と「簡単になれちゃう自分」の違いを見極めてほしい。
10代前半という貴重な時期に、多くの経験を積み重ね、あとから振り返って、「あの頃のおかげで今がある」と思えるようになってください。