2024年度 目路はるか教室
2024年度 目路はるか教室
2年全体講話
生きる力を手に入れる
1973(昭和48)年卒業新百合ヶ丘総合病院 発達神経学センター長、名誉病院長、慶應義塾大学名誉教授
高橋 孝雄 氏(タカハシ タカオ)

遺伝は、容易には変わらないことによって、成長と発達を守る力です。赤ちゃんは生まれて最初の12か月間で、人間だけに与えられた3つの能力を獲得します。「言葉をしゃべる」「立ちあがる」「指でつまむ」。特別な訓練や教育を要さず、日常体験の中で自然にできるようになるものばかりです。遺伝子のシナリオ通りに、ドミノ倒しのように着々と進みます。
環境は、変化に富み不確かであることによって、成長と発達を育む力です。遺伝とは対照的に、環境がその力を発揮するためには実際に体験してみること、つまり実体験が必須です。
実体験を経て、健全な「想像力」が育まれます。想像力があれば、経験したことのない事態に立ち向かうことができるようになります。相手の思いを自らのことのように実感する「共感力」も実体験の産物です。自ら決める力「意思決定力」を手にすることができるのも数々の決断、失敗と成功を実際に体験してこそです。これら3つの力は「生きる力」の泉源です。生きる力は実体験を積み重ねる以外に培うことのできない力です。
インターネット環境は、心地よい孤独と無言のコミュニケーションが楽しめる便利な世界です。仮想体験で埋め尽くされ、実際には存在し得ないこと、想像すらできなかったことも気軽に体験 できる夢の空間です。歪んだ想像力を発揮して、共感し合うこともなく、非現実的な思いを一方的に主張し続ければ、やがて生きる力が失われていきます。
共感し、納得し合うためのコミュニケーションが代弁です。傾聴「本当の話を聞かせてよ」で切り出し、説得「だったら、こうしてみたら」と返します。代弁者には、相手の真意を引き出す傾聴力と、他者に共感しつつ自分の意見をしっかり伝える説得力が求められます。代弁し、そして代弁される実体験が生きる力を育みます。
生きる力を手に入れるために、遺伝の力に守られて、実体験を積み重ね、代弁され、代弁することを意識してみませんか。