2020年度 目路はるか教室

1Cコース

生命と非生命の違いを化学で考える

1978(昭和53)年卒業慶應義塾大学 理工学部 応用化学科教授

朝倉 浩一 氏(あさくら こういち)

 以前にも何回か目路はるか教室の講師としてお声掛けいただいたのですが、小学6年生や在校生の父兄であったため実現せず、この度やっとこの機会を得ることができました。当初は理工学部の矢上キャンパスにて開催の予定でしたが、コロナ禍下それが困難となり、普通部での開催とさせていただきました。予定していた化学実験も全て実施でき、先生方のご協力に厚く御礼申し上げます。

 このようなタイトルのコース、果たして喜んで参加してくれる普通部生がどれだけ居るか心配でした。しかしながら、送られてきた参加予定の皆さんの自己紹介文から意識の高さや好奇心の旺盛さを感じることができ、嬉しく思うとともに、しっかりと担当しなくてはと気が引き締まりました。また、テーマの選択理由が、「理科が好きだから」から、逆に「理科が好きでないから参加すると好きになるかもしれない」まで、本当に多種多様で面白かったです。なお、10月の自己紹介文でありがら、部活については皆これからのことを書いていて、新入生がまだ入部もできていない状況であることをあらためて認識しました。

 当日は午前の3時間を3コマに分け、前の2コマは教室での講義、後の1コマは理科室での実験としました。講義では制作に協力したNHK Eテレの子供番組「ミミクリーズ」のビデオで見てもらうなど、まずはリラックスして参加してもらうことを心がけました。つづいて自己紹介をさせていただき、どのような普通部生活を過ごし、その後、どのようなことを考えて塾高、大学、大学院と進学し、さらにその後どのようにプロの研究者ならびに大学教員としての人生を送ってきたかを語りました。自身の体験、普通部以降のことはおそらくピンとこなかったと思いますが、皆さんが将来何か迷った時など、「そういえばあの時に目路はるか教室の講師がこんなこと言っていたなー」と思い出し、解決のヒントになってくれることもあればと思い話しました。

 そして、話を徐々に学術的な方へ移し、化学反応系であっても生命系と同様に様々な動的挙動を自発的に発生できること、そのメカニズムを1977年ノーベル化学賞の対象となった「散逸構造」という概念に基づいて説明できること、さらには散逸構造という概念は化粧品技術や塗装技術など様々な産業技術に応用できること、そして実際にこれまでに進めてきた産学連携研究の例などをお話ししました。つづいて理科室に移動し、Belouzov-Zhabotinsky反応という化学反応を体験してもらいました。この反応は、化学反応というよりも生命体と同様な化学反応ネットワークで、有機物と酸化剤(生命系の食べ物と酸素に対応)が反応し炭酸ガスなどへと変換されます。そして、その過程の中間体の濃度に、時間周期的変動や時空間的同心円状パターンが自発的に発生します。その結果「化学振動」や「化学波」が目で確認できる状態となり、その様子を観察してもらいました。

 最後には、本コースのサブタイトルである「−皆さんは、生命と非生命の違いを、明確に科学的に定義できますか?残念ながら、私はまだできません−」を挙げ、あらためて、生命体とそれ以外のものの違いを定義できるか尋ねてみました。当然、誰からも回答が挙がってきませんでした。世の中、自然現象であれ社会現象であれ、何となくニュアンスを把握していることは多いものの、明確にその本質的な定義までも理解し対処できていることは少ないこと、そして、そのために誤った風説や常識の嘘に引き摺られて誤った判断をしてしまう可能性が高いこと、であるが故に福澤先生が重要視した「サイヤンス」である自然科学や社会科学の発展とそれに基づく思考や行動が大切であることをご理解いただいた、あるいは将来の成長過程でご理解いただけるなら幸いです。参加してくれた普通部生の皆さん、先生方、世話人の皆様方に、あらためて厚く御礼申し上げます。

 

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