2021年度 目路はるか教室

2021年度 目路はるか教室
1年全体講話

「子どもに手術をするの?!」エピローグ

1973(昭和48年)年卒業慶應義塾大学医学部外科学(小児)教授

黒田 達夫 氏(くろだ たつお)

 2021年度目路はるか教室の1年生全体講話では「子どもに手術をするの?!」と言うタイトルで小児外科医療における色々な挑戦をテーマに取り上げました。

 内容を振り返ると、まず、手術が必要な代表的な子どもの病気であるヒルシュスプルング病のお話しをしました。赤ちゃんが便を出せずに死んでしまうこの病気は紀元前のヒンズーの古文書にも登場しますが、19世紀の終わり以降、近代医学の中でもヒルシュスプルング病として知られるようになりました。20世紀半ばにようやく肛門に近い腸管に先天性に腸管の動きを司る神経節細胞が欠落していて、その部分の腸管が蠕動運動を起こさず、腸管内容が停滞して便が出ないことが明らかにされ、手術以外に治療法が無いことが分かりました。子どもに手術をするのは危険なことで、痛み刺激による心停止や感染が大きな問題でした。近代的な麻酔の元になるエーテル麻酔はすでに1846年に成功しており、抗生剤はまだ登場したばかりでしたが消毒は普及していました。こうした医学の進歩を背景に、1948年初のヒルシュスプルング病に対する手術の成功が報告されました。20世紀半ばは欧米先進国における小児外科の幕開けで、日本の小児外科は当初、これに遅れること10年以上と言われていましたが、1960年代後半には日本の小児外科も世界のトップに肩を並べるようになりました。

 小児に対する手術の挑戦は続きます。お母さんのお腹の中にいる生まれる前の赤ちゃん(胎児)への手術もその一つです。先天性横隔膜ヘルニアという病気は、胸とお腹を分けている横隔膜に先天性に穴が開いていて出生前の肺の発育が悪く、重症例では呼吸が出来ず、未だに死亡率の高い病気です。色々な胎児手術が試行されてきましたが、胎児の気管を一時的に閉鎖すると胎児肺の発育が促進されることがわかり、今日ではお母さんの腹壁から子宮の中の胎児の気管まで内視鏡を入れて、そこで風船を膨らませて気管を閉鎖させる手術が行われます。この治療はアメリカとヨーロッパで臨床試験が行われ、アメリカでは生後治療と成績が変わらないとして行われなくなりましたが、ヨーロッパでは非常に重症な症例では効果があるとして今も臨床研究が続けられています。

 肺に先天性に空洞の出来る病気では空洞で正常の肺が押されて潰れ、子宮内で死亡したり、生後に呼吸が出来ずに死亡することがあります。日本でも1例だけ、非常に危険な状態に陥った胎児に手術を行いましたが、手術直後に一時的に状態は改善したものの、結局助けられませんでした。一方、出生前に多くの臓器の病気が診断されて一度はお父さん、お母さんに治療しても助からないとお話しした患者さんが、ご両親の強い希望で手術して元気に成長できたこともありしました。トルストイは「人は何で生きるか」という小説の中で、人は将来に何が起こるかを知る能力を神様から与えられていないが、それでも愛によって生きていると書いていますが、胎児治療はまさにそうした医療です。

 子どもに対する手術は歴史も浅く、外科学の新たな挑戦ですが、医学、特に手術がどのようにして行われるようになり、また、どのようにして進歩してゆくのか、その流れを理解して貰えたら嬉しいと思っておりました。ところどころ難しかったと思いますが、みんな一所懸命に話を聞いて理解しようとしてくれました。講和後の質疑では、手術や胎児治療について本質的な質問がどんどん飛びだして、非常に驚きました。最後に福澤諭吉が塾の医学部を開いた北里柴三郎に送った「贈医」の言葉を紹介し、医学の分野に限らず、出来るだけの努力をして新しいことに挑戦し、力を尽くした結果、到達したところが、真にあるべきところだと述べました。これが今回のお話しで是非、普通部1年生の諸君に伝えたかったことです。普通部生と素晴らしい時間を共有できて大変楽しかったです。

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