2020年度 目路はるか教室

2020年度 目路はるか教室
1年全体講話

Diversityと独立自尊

1972(昭和47)年卒業三菱UFJ銀行 頭取

三毛 兼承 氏(みけ かねつぐ)

 今、コロナ禍でグローバルな人の動きは大きな制約を受けていますが、グローバル化の流れが変わることはないでしょう。グローバル化とテクノロジーの進化は自由な発想を生み出すと共に、人々の価値観も生活も一段と多様化させていくはずです。さらに、そのスピードは一段と加速し、新型コロナや気候変動と同様に、世界は多様化にどう向き合うかという課題に直面しています。

 慶應を卒業後、私は三菱銀行(現:三菱UFJ銀行)に勤務し、欧米亜に14年余り駐在、そこで国籍、人種、宗教、文化など背景の異なる様々な人たちと共に日々を過ごす機会を得ました。その中で、多様性の素晴らしさを実感する一方、多様性を受け入れない人たちがいるという現実も見てきました。

 今回、目路はるか教室の1年生の全体講話をお引受けした際に、テーマに浮かんだのが「Diversity(多様性)」でした。普通部の1年生も、10年後には社会に出ます。彼らが社会人として直面する世界は今よりも、もっと多様な世界になっているはずですが、日本の中学1年生108万人の中で入学難度という学力の観点では中学生上位0.5%である男子校普通部の1年生は、ある意味、独特な集団です。そうした彼らに、Diversityを考えてもらうことには意味があるのではないか、そのように考え、講話のテーマにしました。

 世界が多様化を巡って差別や偏見をどう乗り越えてきたのか、そして、多様性の素晴らしさを理解するための例は豊富にあります。

 例えば、黒人初のメジャーリーガーのジャッキー・ロビンソン。「差別を受けた時にやり返さない勇気を持つことだ」というアドバイスを忠実に守り、選手として評価されただけでなく、ひとりの人物として尊敬され、それが、その後の黒人スポーツ選手活躍の道を切り開き、また、多様な国からスターが集まるメジャーリーグの今日を築きました。あるいは、65年前、米国留学中のイスラム教のシリア人と両親の猛反対を押し切って一緒になったひとりの米国人女性。ふたりの間に誕生した男の子がスティーブ・ジョブスです。国籍・人種・宗教といった壁を乗り越えることなしには、この世の中にはスマートフォンは誕生していなかったはずです。

 ただ、今、世界を見渡せば、国家間や民族間の紛争・対立、米国大統領選挙などに見られる国の中での分断など多様性の受容とは正反対の事態が生じています。

 そのような世界で普通部1年生にどのように多様性に向き合おうという話が出来るだろうか。と、考えた時に、思い出したのが、慶應義塾の基本精神が「独立自尊」であることでした。

 多様性の前提は、
自分が何を正しいと信じているか理解していること、
そして、自分がなぜ正しいと信じているかを理解していること、
その上で、相手の主張する正しさの背景や理由を興味と関心をもって傾聴することにあります。
 これは、まさに、独立自尊そのものです。

 幼稚舎時代から「独立自尊」という言葉は日々耳にしていたものの、その意味するところをきちんと説明されたことはなかったように思います。ただ、普通部には今も記憶に残る先生が大勢おられました。例えば、「正直者はバカを見るというが、バカを見たって良いじゃないか」と学期のテストを前もって配っておられた数学の土田先生。自ら「経済生活」という教科書(赤本と呼んでいました)を作成、テスト問題を生徒に作らせたり、予想点数をつけさせたりと型破りな授業で私たちを魅了した伊集院先生。こうした先生方のありよう、そして、こうした先生方が教鞭を取っておられる普通部のあり方こそ、独立自尊そのものでした。

 私は卒業50年近くが経ち、漸く気づいたのですが、私の話や問いかけに周囲を気にすることなく反応し、答えてくれる普通部1年生の皆さんの自由闊達さも、また、独立自尊そのものでした。目路はるかに参加して、皆さんから得た嬉しい学びです。

 

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