2020年度 目路はるか教室

2Cコース

「普通部の歌」の精神を忘れずに

1984(昭和59)年卒業東海大学 医学部 基盤診療学系医療倫理学領域主任教授

竹下 啓 氏(たけした けい)

 このたび目路はるか教室の講師をご依頼いただき、たいへん晴れがましい気持ちとともに、緊張感をもって授業に臨みました。というのも、人生で最も感性が研ぎ澄まされた時期を迎えつつある普通部生にとって、まとまった時間を費やし年長者から聞く話が一定のインパクトを有することを、実体験として知っているからです。私が普通部生の頃にも卒業生の講演会が開催されており、木村太郎さんや六車明さんからお話を伺ったことを鮮明に記憶しています。

 世話人である阪埜浩司さんからは、なるべく勤務先に普通部生をお招きして現場を見学する機会を設けるよう指示をいただいておりました。しかし、私の勤める東海大学医学部付属病院は、現在Covid-19パンデミックのため外来者の立ち入りを大幅に制限していることから、大学卒業式の時にご挨拶に伺って以来の普通部訪問となりました。当日、構内に足を踏み入れれば、本校舎こそ建て替えられていましたが、合併教室(伊集院兼信先生と香山芳久先生を論者に憲法9条をめぐるディベートを開催)、美術室(イワン・クラムスコイの「忘れえぬ女」のレプリカが印象的だった)、理科室(佐々木敏和先生に苦しめられた)、武道館(早川肇先生に合気道のご指導をいただいた)、体育館(入学式で塾歌を覚えておらず口パクをした)、グラウンドに至る小径(ゴミをポイ捨てしたところを見つかり内藤陽海先生に1週間の掃除を命じられた)などはそのままの佇まいで存在しており、40年前にタイムスリップしたかのようでした。

 さて、肝心の授業については医療倫理の問題についての討論を中心にしようと考えていたのですが、事前のアンケートで私の経歴やCovid-19そのものについても関心が高いことがわかったので、3部構成にしました。

 第1部では、私が普通部入学から現在に至るまで、どのようなことを考えて生きて来たかをお話ししました。個性的で愛情にあふれる普通部の恩師たちと、それぞれに輝いている同級生諸君のありがたさを伝えることもできたのではないかと思います。講義後の感想文を拝見すると、医療倫理に携わるきっかけを与えてくれた患者さんとのエピソードが印象に残ったという人もいて、嬉しく思いました。

 第2部はCovid-19についての概説を中心にしましたが、その中で私が伝えたかったのは、科学的に考えることの大切さです。例えば、学校で決まったルールだからマスクを着用するというのも悪くないのですが、なぜ必要なのかを自分で調べて、考えていただきたい。そして、もしも周囲の大人が間違ったルールを作ったときには、正しく反駁することができる普通部生であってほしいと思います。

 第3部では、Covid-19パンデミックで私たちが直面したマスク転売の是非と医療従事者に対する差別の問題について議論しました。マスク転売について、リバタリアニズム的な考えの人が多かったのがとても興味深かったです。また、美徳や義務論に基づいた意見が出たのはすばらしいと感じました。医療従事者に対する差別の問題については、合理的な感染防止対策と差別の間のグレーゾーンを共有するとともに、正しい知識をもつことの重要性について学べたのではないかと思います。当日議論することはできませんでしたが、配付資料にある医療従事者のプロフェッショナリズムと利他主義の関係や希少な医療資源の配分の問題についても、ぜひ同級生と話し合ってみてください。

 ところで、東海大学の創立者である松前重義翁が愛唱していたと伝えられるサミュエル・ウルマンの「青春」という詩(岡田義夫訳)に「希望ある限り若く、失望とともに老い朽ちる」とあります。人生の折り返しを過ぎた私も、「希望は高し、目路ははるけし」の精神を忘れずに、医師としての責務を果たして行こうという思いを新たにした1日になりました。

 

前の講師を見る


2020年度トップに戻る


次の講師を見る