2019年度 目路はるか教室
3Eコース
水のダイナミクスが紐解く生命科学
昭和55(1980)年卒業慶應義塾大学 医学部薬理学教室
安井 正人 氏(やすい まさと)
講義は、私自身の経歴を紹介することから始まった。普通部入学式のとき拝聴した(故)香山普通部長(当時)のお話で、「普通部はとても良い学校だが、3つ欠けていることがある:1.女子がいない、2.経済的に非常に困窮な家庭のお子さんがいない、3.身体の不自由なお子さんがいない」というお言葉が印象に残ったこと、特に3つ目の意味するところがよくわからず、気になったこと、大学に入ってからその意味を知ろうとして身体に障害のあるお子さん達をキャンプに連れて行くボランティア活動に明け暮れていたこと、キャンプのボランティア活動で感じたこと考えたことの延長として周産期医療を目指すようになったことなどを話した。また、メッセージとして、これから勉強を進めて行く上で、そして進路を決める上で、信頼のできる先生との出会いや、それらの先生からのアドバイスはとても貴重であることを伝えた。更に、自分らしさとは何かをよく考えて、弱点攻略より、長所を徹底的に伸ばすと良いと思うという話をした。具体的には、「クラスの中で自分が一番得意なこと、好きなこと、こだわっていることは何ですか?」という質問を投げかけた。皆それぞれ一生懸命考えてくれている様子だった。また、自身の経験として、小児科臨床の実践を通して基礎研究の必要性を感じ、研究の世界に入ったこと、スウェーデンや米国での計10年以上に渡る留学から得たことなども紹介した。将来留学を考えている学生も多かったようだ。
次に私が取り組んできた研究の話へと移った。「何故水か?生きていくためには水を飲まなければならない。でもどうして?水は身体の中で何をしているの?」といった一見シンプルだが奥の深い質問を投げかけながら、その重要性を少し立ち止まって考える時間を持った。毎日水を入れ替えること(食事や飲料として飲んでいる量と主に尿として排出している量との間にバランスが取れていること)、水を身体の中でめぐらしておくことの重要性を伝えた。循環器系とリンパ系の違いを説明すると同時に、脳のリンパ系システムの特殊性や、最近までそれがよく理解されていなかったことを最近のトピックとして紹介した。その脳のリンパのシステムに水チャネル、アクアポリンが関与していること、またリンパの流れは睡眠で調節されている可能性があることも説明した。「何故我々は睡眠を取らなければならないのか?」その一つは、脳のお掃除かもしれないという話をした。さらに、この脳のリンパシステムの破綻が、アルツハイマー病の原因にもなりうる可能性を動物実験の結果とともに示した。
後半は3つのグループに別れて、実験室の見学を行った。また、いくつかの研究プロジェクトも紹介した。具体的には、1)水分子の挙動を見るための特殊な顕微鏡開発の様子の見学、2)水分子のダイナミックな性状を理解するための近赤外分光法を用いた特殊な解析方法の概要の説明、3)脳のリンパ流を観察するための特殊な顕微鏡を用いたライブイメージングのデータの説明をグループごとにローテーションしながら説明した。
水という大変身近なテーマであるが、ちょっと考えてみると意外に奥が深い、さらにいうと生命現象の根幹にも関わっているということを少しイメージしていただけたのではないかと思う。また、自らの経歴をお話ししたことで、今後のキャリアパスを考えていく上で何らかのヒントを掴んでくれていたら幸いである。