2018年度 目路はるか教室

2018年度 目路はるか教室
3年全体講話

前へ進むこと ―変革の時代を迎えて―

昭和50(1975)年卒業株式会社ファンペップ代表取締役社長・レックスウェル法律特許事務所弁護士・弁理士

平井 昭光 氏(ひらい あきみつ)

 普通部の時代はとても楽しい時期であり、かつ難しい時期だと思う。我々が在籍していた1970年代ですら、新しい情報に接し、悩み、自我の存在に気づき、鬱積した感情を発散させていた。現在はこれらに加えて、インターネット経由で様々な情報が流れ込み、また、世の中の変化も早い。昔は、ゆっくり考える時間があった。そして、それを許す社会のスピードもあった。

 そういう時代を迎えている今の普通部生に、どういうメッセージを伝えたら良いのだろうか。これは、とても重い課題だ。ただ、一つの拠り所は、その年頃の若者が有している感情や悩みには時代を超えた共通性があると思われるし、私の在籍当時を振り返りつつ今の学生にメッセージを伝えることも、あながち的外れではないかもしれない、ということだ。

 そんな思いを抱きつつ、私は、いくつかメッセージを君たちに伝えたい。それぞれが少しずつ違った意味を持ち、また、これに共鳴する者も変わってくるだろう。

 まずは、「長く続けていると良いことがある」というものだ。人生は短いとは言っても、そこそこ長い。今、14歳としても、還暦を迎えるまでは46年もある。これだけの時間を積み重ねれば大概の事は習得できる。私は、普通部の音楽の授業でフルートを始め、その後、楽器をバイオリンに持ち替えたものの未だに楽器演奏を趣味で続けている。もちろん、下手だが、ちゃんと楽譜も読めるし、ある程度音感もある。何より日頃のストレスを癒すには最高だ。他にもスキーは普通部のスキー学校から数えて45年は続けているし、今年の2月には全日本スキー連盟の指導員資格を取得することができた。ヨットは大学からだが、こちらも40年位続けて、2013年と2015年には太平洋横断のヨットレースであるTranspacific Yacht Race(ロサンゼルスをスタートして、ハワイのワイキキにフィニッシュするというもの)に参加し、クラス2位という成績を収めている。いわゆる「継続は力」、「長く続けていると良いことがある」というのは本当だ。

 また、普通部を卒業して、大学へ進学し社会へ出ると、社会のシステムの中に組み込まれることとなる。ある意味では良い社会の構成員となるように人を導くのが教育であるが、人は教育で得たものを超えて社会を変革していく力も持っている。人はより良い人生を歩み、幸せに包まれ一生を過ごすだけでなく、社会に対して挑戦し、自らを鍛錬し、自らを成長させ、社会を変革することもできる。サルトルは、「人間はみずからそう考えるところのものであるのみならず、みずから望むところのものであり、実存して後にみずから考えるところのもの、実存への飛躍の後にみずから望むところのもの、であるにすぎない」(ジャン・ポール・サルトル「実存主義とは何か」人文書院17頁)としたが、人は意味を携えて生まれてきたというのではなく、存在(実存)が先行した後、みずから望むことによって、本当の社会内存在になることができるのだ。言い方を変えれば、自分の人生を作るのは自分自身であって、その意志の力と環境を変える力があればなんでもできる、ということだ。

 人は、環境に適合して「生活」する。それは悪いことではないのだが、知らず知らず自分で自分の周りに壁を作ってしまう。でも、それを取り払い、前に進むことが大事だと思う。私は最初に哲学を志し、大学で哲学を勉強した後、2回生の時に法学へ道を改めた。自分の能力の限界を悟ったということでもあるが、法学に面白さを見出したという面もある。司法試験に合格後弁護士になり、一般民事の法務に限界を感じ、アメリカへ留学した。慣れぬ英語を必死に勉強し、アメリカの特許法の権威であるチザム教授を訪ねてワシントン大学へ留学し、法学修士を取得し、アメリカでの若干の実務の後、日本の大手渉外事務所へ就職。そして、慶應大学で分子生物学を学び、今は、ベンチャー企業の社長として新しい薬づくりに奔走している。このように書くとあたかも成功の連続のようだが、実は裏を返せば挫折の連続だったともいうことができる。壁にぶつかり、選択を迫られ、より難しい、でもやりがいのある道を選んで来たら、なんとかここまで来ることができた。選択においては、「狭き道」を進むことも大事だと思う。

 また、狭き道を選ぶだけでなく、時には、これまで得てきたものを捨てることも必要になる。「捨てること」は時に非常に難しいが「前に進む」ための一つの方法でもある。誰にでも一生に何度かはそのような飛躍への機会が訪れるのではないだろうか。若い君たちがいずれ悩み、幸福の女神の微笑みに導かれて、素晴らしい人生を選択するときが来るだろう。その時に、勇気をもって正しい選択をして、この世の中に、そして家族らに誇れる人生を歩んでもらいたいと心から願う。

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