2017年度 目路はるか教室

3Bコース

医学から考える「死ぬこと」と「生きること」

昭和48(1973)年卒業東海大学 医学部血液・腫瘍内科

安藤 潔 氏(あんどう きよし)

 医学は「生老病死」のすべてを対象とする学問です。医療は医学の成果を目の前の一人の「人・ヒト」に適用する行為です。私は白血病やがんという病気を対象として医学研究を行い、それらの病気を患った人々に医療を行ってきました。これらの経験をもとに、このコースでは「死ぬこと」「生きること」をさまざまな視点から普通部生と一緒に考えました。

 まず、過去100年間の日本人の死因統計をもとに、日本の社会の変動と死亡原因の変遷を振り返りました。統計の始まりは1899年でしたが、まだ福澤先生がご存命の時代です。当時の日本人の平均寿命は44才、3大死因は結核・肺炎・脳血管障害でした。日常生活の中で、友人、兄弟、親、子、親戚の死と向きあい、自らの死の覚悟とともに生きた時代です。「福翁自伝」を開くと、福澤先生も親・兄弟の病死や自らの暗殺の危険といった「死」を自覚しながら、啓蒙という生涯の仕事をなされた様子がわかります。やがて昭和の敗戦を経て高度成長期を迎える頃には、抗生物質の開発により感染症死が急激に減少し、がん・心疾患・脳血管障害が3大死因となりました。さらに国民皆保険制度の充実により、日本人が死を迎える場所も自宅から病院へと移り変わっていきました。死は人の目から隠され、日常生活の中で「死」を考える機会もほとんどなくなっていきました。現在日本人が「死」を切実な問題として受け取るのは、自分が「がん」と診断される機会くらいでしょうか。実際に日本人の2人に1人ががんに罹患し、3人に1人ががんで亡くなります。

 次に「私たちはなぜがんになるのか?」という問いを、生物学の知識をもとに考えました。

 1)私たちの体は細胞からできている、2)細胞同士は相互のコミュニケーションにより適切な機能を果たす、3)細胞は毎日分裂している、4)細胞が分裂するとき遺伝子も複製(コピー)される、5)遺伝子の傷が蓄積することにより細胞はがん化する、とまとめることができます。今日、「がん」や「死」という生命現象を細胞・分子レベルで理解することができるようになりました。その知見が新たな診断法、治療法に結びつきます。ひとつの例として骨髄移植治療を説明し、病棟見学ではその治療が行われている無菌病棟を見学しました。また研究室では細胞や細胞表面の分子を検出するFACSを実際に見ていただきました。

 さて、「生老病死」を分子レベルで考えられるようになると、あらためて「諸行無常」「生者必滅」という普遍思想の必然を、従来と異なる視点から理解できるようになります。また、食物連鎖、水素・炭素・窒素などの分子循環、そして遺伝子情報の進化・継続性は2500年前のインドで生まれた輪廻思想と共通していることに思い当たります。最後に「永遠の命があるとしたらそれは本当に幸せなことなのか?」という問題も考えました。実際に100年前の日本人の寿命の2倍の命を現在のわたしたちは享受しながら、その当時の人びとの2倍の幸せを実感しているのでしょうか?

 実は生と死はコインの裏表であり、「死」という事実があるからこそ「生」という概念も生まれるのでした。私たちの生の有限性を自覚して初めて「生きる」ことを考えることができるのです。これらをテーマにしたさまざまな芸術作品を紹介しました。私たちが今ここにいることがどれほどの奇跡であることか!

 学ぶということはさまざまな視点を獲得することです。そのことがみなさんの人生を豊かなものにしていきます。今回の学びを振り返った今、もう一度、月面から見た青くみずみずしい球体の映像を思い出してみてください。なんとも美しく、ひとつの生命体のようではないですか?それが私たちの生きている地球です。

 授業後の感想文を拝見しました。今回の内容は15才には難しすぎるのではないかと懸念しておりましたが、私の伝えたかったことをしっかりとみなさんが受け取ってくださっていることを確認して、とても嬉しかったです。みなさんの中には親しい人を喪った悲しみを経験された方もいらっしゃるでしょう。今回の目路はるか教室が、いつかその痛みを乗り越えるきっかけとなればと祈っています。最後になりますが、御世話になった國分先生、林先生、世話人の正力様に感謝申し上げます。

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