2021年度 目路はるか教室

2Aコース

全ては縁が繋ぐ ‟東日本大震災からコロナ禍でのボランティア活動まで”

1974(昭和49)年卒業株式会社新 代表取締役社長

新 健一 氏(あたらし けんいち)

 卒業して47年も経過しましたが、東日本大震災から10年半、今の普通部生は震災についてリアルな記憶がない年齢ということで今回お話をさせていただきました。実際、担当した2年生は震災時3歳でした。未だに本格的な復興を目指して努力している三陸被災地において、復興を支援する仕事に関わり、その縁から新型コロナにて困っている医療機関等を支援する防護服支援プロジェクトを立ち上げることになったという一連の経験をお話しすることで、自然災害と向き合う日本の地に生き、また、コロナ禍のような世界的問題を考えてもらうことが今後の人生において役立つことがあるのではないかと考えた次第です。

 授業では、はじめに大津波が三陸の町を呑みこむ映像を見てもらったあとで、リアス式海岸という地形がどれだけ大きな津波被害をもたらしたかを理解してもらいました。あわせて当時出張先から日本に戻る機中に居た私が緊急着陸した羽田から長時間かけて深夜に自宅にたどり着いた経験等、東京においてすら大変な日々であったことをお話し。これから起きると言われている東京直下地震や南海トラフ地震などの自然災害が決して他人事ではないということを考えてもらえたのではないかと思っています。

 次に、関東を中心に家業の建築業を行っていた私が気仙沼市長の悩みを聞いて三陸で応援職員向けの宿舎を作り、それから本格的復興に向けて必要となる工事関係者向けの宿泊施設を投資家と結び付けて三陸に10 ヶ所作るまでの経緯をお話ししました。その際に海外の工場で建物の大半を製作して、現地では短工期でゴミも少なく建てられ、復興完了後は移設可能なモジュール工法という独自工法を使ったことも説明しました。SDG’sが望まれる世の中でこうした取り組みの必要性も興味を持ってもらえたらと思います。

 そんな宿泊施設について投資家の依頼で全く専門外の運営を行うこととなり、利用者の身になって考えた数々の仕組み、そして被災地のスタッフを多く雇用した中で、都会とは全く違う地方という世界での人間関係、物の考え方にどう向き合ったかをお話ししました。ある意味で閉鎖的な社会の中で受け入れられるためには金儲けのためではなく真に復興支援のために来たのだという気持ちを理解してもらうことで縁が拡がっていったことは特に知ってもらいたかったところです。そんな復興も工事はほぼ最終盤となっていますが、被災地の真の復興は経済的な復興によって町に人が戻って来ることにあることもお話ししました。

 その後、2020年4月下旬に新型コロナで大ピンチとなった東京都済生会中央病院からポリ袋と養生テープで作る防護服を作って欲しいと言う緊急依頼があり、ここまで培ってきた気仙沼の友人との繋がりから多くの気仙沼市民が立ち上がってくれて、一週間で防護服支援プロジェクトがスタートしたストーリーをお話ししました。その背景には震災時に多くの支援を受けたことへの恩返しの気持ちがありました。プロジェクトは全国に拡がり、400 ヶ所を超える医療機関、高齢者施設等に125,000着を超える簡易防護服を支援し、今も継続しています。たった数名がバーチャルに役割を分担しても、多くの人との縁でボランティアが出来ることは今後ボランティアに携わる中で何かのヒントになると思っています。

 それから2人一組になってもらい、実際に防護服づくりをしてもらいました。最後に一番背が高い人と低い人に出来上がった防護服を着用してもらい、着脱の容易性や体の大きさに関係なく感染を防ぐ工夫を体感してもらいました。被災した時の防寒服にも活用できる訳で、何かあった時には思い起こしてもらえれば役立つものと信じています。

 震災から防護服という、一見関係のなさそうなサブテーマでお話ししましたが、全ては縁が繋ぐというメインテーマの意味は理解してもらえたと思い、受講した生徒さんがこれからの長い人生の中で縁を大切にそれぞれの道を歩んでもらうよう祈っています。

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