労作展

2019年度 受賞作品

美術科

中くらいのゆめ

3年T.K.君

 小学校五年生の秋。受験勉強も本格的になる中まだ志望校が決まっていなかった僕は、偏差値の高さと慶應という名前があるからという理由で普通部の労作展に出向いた。一応どんな行事なのか調べてきたが、規模の大きい展覧会のようなものだろうぐらいにしか思っていなかった。しかし、一歩教室に足を踏み入れると労作展、そして普通部に対する僕の思いが一変した。とてつもなく分厚い論文、本当に自分の手で作ったのか? と思ってしまう大きな人体模型、まるで画家の描いたような綺麗な油絵。元々物を作ることが大好きだった僕は、個性豊かな数々の作品に心を奪われた。そして、この労作展という場に自分の作品を置きたいと心の底から思った。僕が慶應義塾普通部を志望した理由、それは慶應という名でもなく、偏差値の高さでもない。労作展というとてつもなく素晴らしい行事があるからであった。

 そして僕は労作展への情熱を心の頼りに受験勉強を精一杯頑張り何とか普通部から合格を頂くことができた。入学してからは友達もでき、普通部の大変な勉強をこなしながら充実した学校生活を過ごした。そしてやっとのことで迎えた夏。労作展に出品をする作品を作る時が来た。そうはいってもなかなかアイデアは浮かばなかった。「アイデア性に富んでいてクオリティの高い作品」はどんなものかと苦悩し続けた。ただ絵を描くだけだったり、模型を作るのではつまらない。でも製作する方法では奇をてらえないためアイデアで勝負することにした。「四季を表現した島」、「古来の地球の想像図」、「江戸時代のなぞなぞアート」などたくさんのアイデアを思い浮かべはしっくりこずまた考える。そんなことを繰り返し続けた結果、「ジュースの中の海」にたどりついた。しかし良いアイデアが思いついてもどのような方法でやるかを考えなければいけない。折り紙、ステンドグラス、編み物…色々考え、モザイクタイルで製作することを決め準備を終えた頃にはもう八月初旬になっていた。しかし地獄はそこからであった。いつまで続くか分からない単調作業、アイデアのままに表現するための細工、クーラーのない暑い作業場。そんな大変な中でも頑張れたのは五年生の頃からずっと抱き続いてきた労作展への思いがあったからだ。「憧れの労作展に自信作を出して賞をもらいたい!!」という気持ちが僕をつき動かした。

 そして完成した作品を普通部へと運んでいった。古き良き一年生の旧校舎の教室に溢れんばかりのたくさんの作品が不規則に置かれていた。ここから装飾係の人達がきれいに並べ、審査のために一日の休みを挟んで労作展が始まる。賞を狙う僕にとってはその日が気が気でなく、まさに一日千秋、とても長い時を感じ、労作展初日を迎えた。教室係の始まる二〇分程前に日吉に到着し、心臓をバクバクさせながら普通部通りを歩いた。何だか合格発表を見に行ったときに似ていた。賞でありますように、というより賞じゃなかったらどうしよう、という気持ちだった。そして教室につき、二回ほど深い深い深呼吸をしたあと自分の作品を見た。賞であった。大きな紙にポツンと書かれ。自分の受験番号に涙を流してしまう様に作品にテープでくっつけられて危なっかしくヒラヒラと揺れている賞の紙に感謝・喜び・感動を感じた。そしてとても愛しい自分の作品を優しく撫でた。この時の気持ちは今でもしっかりと覚えている。

 そして二年生では「浮世絵のコラボ」、三年生では「アメコミメゲルニカ」というアイデアをモザイクスタイルで作品にし、どちらも特別展示の賞を頂けた。これを成し遂げられたのは一年生の時の努力と三年間ずっと持ち続けた労作展への情熱があったからだ。でも、その情熱を形にできたのは奇跡だと思っている。手伝い、励まし、時には叱ってくれた家族。疲れたとき話し相手になってくれた友達。そしてこのような催しを作ってくれた普通部。他にも多くの人の支えがあったから僕の小さくもないし、人生レベルの大きなものではない「中くらいの夢」を叶えることができたと思う。この「中くらいの夢」を誰かが僕の作品を見て抱いてくれていたのなら、それは心の底から嬉しいことだ。