労作展

2018年度 受賞作品

書道科

労作展の醍醐味

3年Y.N.君

 僕は三年間、書道科で労作展に取り組んできた。その結果として、三年連続で賞を頂けたことはとてもうれしい。しかし、僕にとっての労作展の醍醐味は、ただ賞をもらうことだけではなかった。

 労作展の作品を制作するにあたって、まず作品の題材を決めてから、書く文字を一文字一文字分析し、練習に取り掛かっていく。一年の時に挑戦した王羲之の「蘭亭序」は、自分にとって初めての行書への取り組みだったため、最初は行書の初歩の筆の使い方から練習した。また、三年間を通して臨書に挑戦したが、臨書は題材にした作品の雰囲気や字体など、たとえ自分の書き方と違っていたとしても似せなければならない。そのため、その書家の書風を習得するのにも苦労を要した。まずは、半紙練習を積み重ねてそれぞれの字のコツをしっかりとつかみ、納得のいくレベルまで習得したところで、ようやく大きな半切での練習に取り掛かった。

 半切に書く際には、文字と文字の流れを意識して一枚一枚集中して取り組んだ。その際、この字は荒々しくダイナミックに書こうとか、この字のここのはらいを大らかにゆったりしようとか、はたまたこの字は流れるようにさらりと筆を走らせてみようなど、その場その場で自分の思い、気持ちの高ぶりを紙に表現した。練習量が浅い段階では余裕がなく、お手本に似せるのが精一杯だが、練習を重ねて一文字一文字を自分のものにした時、思いを紙に表現する余裕が生まれてくる。得意な字であれ苦手な字であれ、静寂の中でとにかく字のことだけを考え、一心不乱に筆を動かす瞬間、その時の集中力こそが書道科の労作展の醍醐味だと思った。自分の感情が筆から紙に伝わり、そのエネルギーの結集が一枚の作品として表現される。大きな半切を一枚書き終えるたびに、毎回違った達成感がじんわりと込み上げてくる。このえも言われぬ達成感も、また労作展の醍醐味である。始めは慣れない字でも練習を積み重ねることで徐々に習得していき、一段上のステップに足を踏み入れることができる。これは、一日二日の即席練習では絶対に味わえない。夏休みの長い期間をかけて、じっくりとその字に向き合ってみて、初めて手に入れることができるものだ。

 僕は三年間、書道科での労作展の取り組みを貫き通した。そして、毎年自分の中で着実に成長を感じることができた。その成長は、筆の腕前や作品自体の良し悪しだけではない。むしろ、集中力であったり、気持ちの乗せ方であったりした。僕が一年と三年の時の作品を見比べて、取り組んだ過程も含めて振り返った時に、大きく異なる点に気付いた。一年の時は頭でっかちにいろいろ考えながら、どこかぎこちなく筆を動かして字を書いていたが、三年になると体全体を使って、気持ちのおもむくままに筆と紙が接する一点のみに集中していた。これこそが、本当の書道の面白みではないかと開眼した気がした。

 最後に、三年間の労作展を通じて得られた、賞をもらうことだけではない醍醐味。それは、一枚に二十文字近い作品を仕上げるべく、一つのミスも許されない中で生まれた「集中力」。そして、半紙半切を何枚も繰り返し書き続けたことで洗練され、自分の思いを全ての文字に表現できた時の「達成感」。この二つは、書道科で労作展に三年間取り組んだからこそ培われた、かけがえのない財産だと思う。