労作展

2018年度 受賞作品

理科

労作展と普通部

3年H.S.君

 三年前の僕は、普通部を目指す中学受験を控えた小学生だった。受験生として労作展を見学に来た。そこには、完成度の高い見事な作品が並んでいた。自分と二、三歳しか変わらない中学生にこんなものが作れるのか?衝撃だった。そしてすっかり魅了された僕は、普通部に入学したいなぁと、ただ単純に思った。

 そして春、僕は無事に普通部生となった。その時点では労作展が楽しみだった。わくわくしていた。が、この思いは間もなく甘かった事に気付かされる。

 五月の連休が終わり、中学校生活にも慣れた頃、労作展に何を出品するか決める事になった。僕は、理科の授業が大好きだったこともあり、植物について掘り下げようと考えた。そして、以前訪れたことのある日光の植物を採取して特徴を調べ、押花図鑑として標本を作る事にした。

 先生に相談したところ、「押花だけでは理科ではなく、芸術だな。それと、日光は国立公園だから、植物の採取はできないかもしれないよ」と言われた。ガーン!始める前から暗雲が垂れ込めた。初めから考え直すか、どうすべきか迷った。家で話したところ父が親身になってくれ、国立公園の法律などを調べてくれた。せっかく、やろうと思ったのだから諦める前に、話だけでも聴きに行ってみることにし、栃木県庁環境森林部自然保護課に事情を話しに行った。すると、研究のためなら採取できる事、さらに採取の際は環境省日光自然環境事務所の方が案内までしてくれる事になったのだ。こうして一年目の労作展は無事にスタートした。

 採取した植物の花びらを分解して展開図や部分図を作成したり、県庁に赴き文献を購入したり、今思うと本当に良くやったなぁと思う。また、家族のサポートも大きかった。夏休みの終わり頃、エンジンが切れかかった僕は、ギリギリまで作品が形にならず、提出前夜徹夜して作品を仕上げたものだ。

 その年の労作展の前日、日経新聞・某塾と慶應一貫校のセミナーのようなものがあり、両親と参加した。登壇した先生が普通部の特徴と労作展について「毎年こんな作品があります、今年は・・・・」と僕の作品について話している。なんだか褒められたのか認められたのかとても嬉しくなって、凄い充実感でいっぱいになったことを覚えている。審査の先生方は、一つ一つ本当に丁寧に内容を読んでくれているのが実感できた。こうして一年目の労作展は、賞も取れ無事に終わったのだった。

 あっという間に一年は経ち二年目、ネタがない!でも、理科でやりたい。僕はタンポポにターゲットを絞り、セイヨウタンポポとカントウタンポポについて調べる事にした。前年の熱の入りようと違い、両親も僕以上に冷めている。何もサポートは得られそうにない。しかも、フィンランドに行く事になっていたので八月中に終わらせなければならなかった。市内のタンポポを一つ一つ手に取り、茎の長さ、本数、花びらの大きさを測った。タンポポ焼けで真っ黒に日焼けした。調査した花の数は百八十本もあった。だが、なんとこの調査、既に大学でやった人がいて、文献もあったのだ。考察ではたくさんのデータを多方面で活用することができなかった。三年間で一番悔いの残る結果となってしまった。

 そして、普通部最後の平成最後の労作展を迎えた。クラスで理科を選んだ人は他にいない。懲りもせず、今年もタンポポの押花図鑑に決めたが、ネタがない!でも、どうしても三年間同じもので勝負したかった。内容は、カントウタンポポとセイヨウタンポポでリベンジすることにした。今年も、家族の反応は、さらに冷めている。加えて今年は暑い日が続きタンポポが少ない。でも諦めず、市内のタンポポを一つ一つ手に取りデータの収集をしていった。怪しいと思われたのか、散歩中のご老人達に「何をしているの?」と何度問われたことか!恐らく市内のタンポポの生育状態に一番詳しいのは、僕に違いない。

 枯れたタンポポは押花にしても芸術性はなく茶色で地味だ。でも、今夏の調査ではカントウタンポポとセイヨウタンポポは雑種になっていることが分かり、調査結果として得たものは大きかった。

 三年間、地味に植物と向き合って来た。労作展は見るよりも本当に大変なものだった。でも気が付いた。結局は努力の積み重ねだったのだ。自分が本当に興味を持ち「これをやったら面白そう」というものがあればそれについて取り組む。どんなにつらいものであっても、自分が楽しいものであればそれで良いと思う。自分が努力して夏休みの五十日以上をかけて作り上げたものが自分の宝物になるのだ。それを労作展が終わって感じた。高校では部活動や勉強によって興味をもったことに費やす時間が無くなってしまうかもしれない。けれど自分を深めることの出来る時間を大切にしたいと思う。最後に環境省のTさん、何度もアドバイスを頂いた理科の先生方ありがとうございました。