2021年度 目路はるか教室

3Dコース

The Art and Science DENTISTRY

1983(昭和58)年卒業医療法人正美会 理事長 東京歯科大学 口腔外科非常勤講師

花井 淳一郎 氏(はない じゅんいちろう)

 歯科医になってもうすぐ30年。口腔外科医11年、一般歯科医として19年になる。その中で感じることは、「日本人のデンタルIQはとても低い」ということである。先進国の中でも低いのではないだろうか?もちろん中には知識が豊富な方もいるが、多くの患者さんが歯科医師まかせという印象を受ける。

 日本で歯科医師は過剰と言われ、コンビニより多いと揶揄されている。欧米諸国に比較して健康保険で定められている治療費はとても安く、そのため、歯科医師の年収は高くはない。実はこれは多くの国民にとっては、望ましいことである。なぜなら、ある一定の(必要最低限の)レベルの治療を、安価にいつでも受けることができるのだから。しかし、最新の治療や難症例に対する治療、質の良い、精度の高い治療を受けることが難しくなるし、資本主義の原則に従えば、利益のないところに資本は投下されないので、当然、歯科医療は進歩しなくなる。歯科医師も定額ならと時間をとらず質を下げ、患者さんへの説明もおろそかにし、国民のデンタルIQも向上しない。

 正直、皆さんが受けている歯科治療のレベルは高いとは言えない。

 新型コロナも、日本ではワクチンはおろか、有効な治療薬ですら未だ自給できず、先進国でありながら、実は医療は先進国ではない現実に直面している。国民皆保険はとても良い制度だが、弱点があると言えるだろう。

 さて、歯科医師という職業は慶應にはなじみが薄い。学部がないこともあるが、前述のような理由で、学生が居心地の良い塾を飛び出して、目指す職業として選ばないからかもしれない。

 歯科は虫歯や歯周病など病気を治すところから、歯やその周囲の組織を再建したりする、とてもクリエイティブな職業である。さらに、咀嚼や発音(構音)といった機能のみならず、審美面までを治療することが必要で、口腔がんから口唇口蓋裂などの先天性奇形や顎変形症などの治療は、多くの福音を患者さんにもたらす。まさにScienceとArtが問われる職業である。事実、アメリカでは歯科医師の人気は高く、U.S.NewsのBest Job’s Rankingの年収$15,000以上では上位を占めている。日本と異なり4年生の大学を卒業したのちに4年生の歯学部を卒業する必要があり、学費も高額で8年もかかる。ちなみに口腔外科医になるにはさらに6年の専門教育を受ける必要がある。

 今回、慶應と東京歯科大学の合併報道があり、私の第二の母校でもある大学の見学をしていただいた。慶應に歯学部ができるかどうかはともかく、北米と比較すると、ハーバードやペンシルバニア、コロンビア、カナダのトロントといった有名大学には歯学部があるが、日本では慶應や早稲田はおろか、東大や京大にも歯学部はない。今後どのようになってゆくのか大変楽しみにしている。

 これから皆さんには多くの困難があるかもしれない。僕はスキーを人に教えるとき、「スキーはリカバリーの連続です」と教える。人生も一緒で、なにかあってもリカバリーできれば問題ないし、リカバリー能力を身につけることはとても大切である。心理学の分野で「レジリエンス」(resilience)という言葉がある。困難な状況であっても、柳の枝のように、柔軟にいなして回復できる心のことを言うらしい。最近のお気に入りの言葉である。

 慶應でたった6年しか過ごしていないが、とても良い学校と思うし愛着がある。しかし、世界一ではないし、世の中は広い。ぜひ国内外問わず、様々な環境にチャレンジして欲しい。そして、普通部生諸君、理科のレポートは将来役立つので、面倒だけどやった方がいいです。

 最後にこのような機会を与えてくれた、阪埜君、目路はるか委員会の方々、普通部の先生方に感謝いたします。講義では森上くんの普通部時代の写真があったので「つかみ」のために使用させていただきました。受けは上々でした、ありがとう。(笑)

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