2021年度 目路はるか教室

1Fコース

命と向き合い、外科医として生きる

1989(平成元)年卒業慶應義塾大学医学部 外科学(一般・消化器外科)専任講師

阿部 雄太 氏(あべ ゆうた)

【はじめに】

 先日は普通部校舎にて、「目路はるか教室」の講師として24名の普通部生と半日を共にする機会を頂きました。昨年にもチャンスをいただいておりましたが新型コロナウィルス感染症の影響で急遽中止となり大変残念な思いでした。ゆえに今年に再度機会を頂き無事に教室を開催できましたことを本当に嬉しく思います。本当は皆さんを慶應病院にお招きして、新しく建て替えた最新の医療施設とそれに見合う先進的な医療の現場をお見せしたかったのですがそれができず残念でした。しかし代わりに現場を実感できる映像を含んだ座学と、外科医気分になれためのワークショップを用意し、すこしでも医師として「命と向き合う」ことを体験していただきたく企画をしました。

【講義内容】

 授業の目的は35年前に皆さんと同じ普通部1年生であった私が、どのように外科医として命と向き合っているのかをイメージしていただくことでした。授業はまず3分半の動画から始まりました。若い外科医が苦悩の中から命と向き合う外科医としての矜持(きょうじ:プライドのこと)を見出す姿を皆さんにすこし感じて頂いたと思います。その後学問としての「外科学」の歴史を説明しました。本当の学問としての外科はまだ100年程度の歴史でしかありません。次に多くの外科手術のなかで今回は「がん」に対する外科手術に着目して勉強いただきました。現在日本人は一生涯において半数以上の方ががんに罹り、そして4人に一人以上ががんで亡くなります。その治療は様々ありますが根治にはどうしても外科治療が必要なこと、外科医はがん根治に唯一無二な外科治療をする立場としてのやりがいと誇りがあるが同時に責任も伴うことを伝えました。手術治療には体に負担をかけるという欠点があるのです。その負担によってはがんで命を失う前に、手術で命を失うことがあるのです。手術でがんを取りきろうとすればするほど体には負担をかける可能性があります。そのバランスをみながら自らの腕を磨いて患者さんに一番の治療を届けるのが外科医の仕事です。また同じ治療効果であれば技術によって負担を減らせるに越したことはありません。そこで最近では体に優しい手術として「内視鏡手術」あるいは「手術支援ロボット手術」が広まってきています。外科の歴史はまだ100年程度です。まだまだ多くの課題が残されています。つねに勉強して、現場から学んで、そしてより良い明日の外科学、手術を求める。そして「命」と通じて患者さんと向き合う。それが外科医の仕事だと皆さんに伝えました。そして最後に私の思う、医師の適正、素質を伝えました。それは医師の適正は「人」がスキであること、生涯勉強して新しいことを知りたい、作りたいこと。そして医師の素質(たとえば器用さなど)はいらないこと、だんだん「医師」になってくること。70分のとても長い講義でしたが、みんな最後まで真剣に聞いてくれました。

【ワークショップ】

 病院見学の代わりにいくつかの「外科医体験」を用意しました。

①ガウンテクニック:手術をするときに外科医が身につける清潔(無菌)ガウンの装着実習でした。ガウンや手袋に菌をつけずに装着するテクニックを理解してもらいながら実践していただきました。

②糸結び、縫合体験:外科医は手術中に血管などを糸で結紮します。ときに髪の毛よりも細い血管を体腔内の奥底でしばることもあります。糸結びの手順を実践いただきました。

③自動縫合器、切開装置体験:腸と腸を吻合するための縫合器と組織を切離するための最新の超音波凝固切開装置を使用、鶏肉を擬似として使い手術体験していただきました。

④腹腔鏡体験:座学でもご紹介した体に優しい手術である腹腔鏡(内視鏡)手術をシミュレーターにて体験いただきました。モニター越しに器械を操作するイメージを理解いただきました。またここでは腹腔鏡操作を用いた磁石立てゲームを行い、腕を競っていただきました。

⑤VR手術室見学:最新のVRシステムを用いてあたかも手術見学に来ているような体験をしていただきました。腹腔鏡による肝臓切除術を用意しましたが、どの生徒も空間に没入しながら見学していました。

【最後に】

 皆さんからいただいた感想のお手紙、大変嬉しく拝読しました。それぞれいろいろな感想をもってくれたようですが、総じて外科医という仕事をより身近に感じてくれたようです。そして命と向き合うことの重さを感じつつその必要性と意義を実感してくれたように思いました。医師の仕事に興味を持ってくれた生徒も多くいたようです。ぜひ将来一緒に仕事ができるといいですね。

 そして最後に教室をご準備いただいた普通部教職員の方々、教室世話人の皆様、ワークショップをお手伝いいただいたジョンソン・エンド・ジョンソン㈱の皆様、そして外科学教室後輩(星野尚大君、角田潤哉君、上村翔君)にはこの場をお借りして感謝申し上げます。

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