2021年度 目路はるか教室

2021年度 目路はるか教室
3年全体講話

「恵まれた人の義務 学問による理想の追求」

1981(昭和56)年卒業慶應義塾長

伊藤 公平 氏(いとう こうへい)

 私が量子計算機の研究を始めたのは1998年、今から23年前です。量子コンピュータの専門家として黎明期からこの分野に携わり、IntelやIBMといった大企業と協力して、ハードウェアの作成から、ソフトウェアやアルゴリズムの開発まで携わってきました。

 今年の5月に塾長に着任しましたが、私はこれから塾長として「未来の先導者、グローバルシチズンとしての理想の追求」を、君たちと一緒にしていこうと思っています。

 まずは学問による理想の追求。民主主義と社会平和の健全な発展。協生社会の実現と経済社会の維持。持続可能な社会の構築と生活の質の向上。科学技術の革新と自然環境の保全。医療・データサイエンスの新展開による健康で幸福な人生の達成。こういったことに取り組んでいきたいと思っています。

 民主主義はとても大切です。福澤先生の言葉「独立自尊」というのは、自分が独立して人の尊厳を大切にするということです。そして、「一身独立」、自分が独立すれば、一国の国が独立するということもおっしゃいました。

 今、民主主義がピンチです。分断が進んでいます。皆で力を合わせて民主主義を健全に発展させることが大事です。

 また、科学技術は常に両刃の剣です。使い方を間違えないよう、気をつけなければなりません。

 その視点から、様々な学問から学ぶことは非常に重要です。去年、科学者としてびっくりしたことがあります。京都大学の准教授の藤原辰史さんが、コロナ禍が始まったばかりの4月の時点で、1918年頃に流行ったスペイン風邪の経験から、「歴史の知はいま、長期戦に備えよ、と私たちに伝えている」という文章を朝日新聞に出しました。

 すごいことです。私たちは、一人一人が自分の経験に基づいて判断しますが、歴史とは、人類の今までの経験を、これからなすべきことに生かすための学問なんです。コロナ禍においても、われわれ科学者に示唆を与えてくれました。これからは一つの学問分野だけではなく、総合知で考えなくてはなりません。

 例えば、ゲノム編集の是非についても議論があります。遺伝子操作で食糧危機を救うと言われる植物や動物もできると言われています。しかし一方で、倫理的な問題も出てきます。科学者だけではなく、法律家などの知見も必要になってきます。こういった問題が増えていくでしょう。

 世界の若者が声を挙げて、結託して、自分たちで理想的な未来を作っていかなくてはなりません。

 未来の世界について、いろいろと楽観的な想像する人がいます。

 AIチップが体の中に入り、ブレインチップで触ることなく、念じるだけで、全てのものがコントロールできるようになっていきます。

 交通革命が起きて、ほとんど電気自動車になり、完全な自動運転が実現します。自動車は水上で離着陸し、そこら中を飛び回るかもしれません。

 宇宙開発も進みます。月に人が住むこともあるかもしれません。

 食料も変わります。温暖化ガスの原因になっている畜産をやめ、大豆からつくるおいしい肉が流通するようになります。さらに、試験管の中で牛肉もできるようになるかもしれません。

 科学者から見ると、実現不可能な話もたくさんあります。ですが、確実に言えることは、ゲノム編集なども含め、その技術をどのように正しく作っていくかは、科学者だけではなく、皆が力を合わせて、世界中をリードしていかないと間違った方向に進んでしまうということです。深刻な問題がたくさんあります。ぜひ想像力豊かに学問を使いこなし、数字に強く、プログラミングやIT技術に長け、英語と他の言語を使いこなし、世界という舞台に視野を広げ、人から好かれる人に育ってください。

 世界に出ないと、今、世界で何が起こっているか全く分かりません。皆さんは慶應義塾から世界を目指してください。そして、世界をリードするとともに、世の中の変化から取り残されそうになっている人々にも寄り添い、社会全体が幸せな方向に進めるよう、力を尽くしてほしいと思います。

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