2022年度 目路はるか教室

3Aコース

「どうして心臓を切開することができるのか」

馬車道慶友クリニック 院長

古梶 清和 氏 (コカジ キヨカズ)

 この度は「第25回目路はるか教室」に講師としてお招き頂き貴重な経験をさせて頂きました。サポートして頂いた普通部の先生方、世話人の方々に厚く御礼申し上げます。
 授業の目的は、拍動する心臓をどうやって手術するのかについて、その方法のみならず、術者の心理にも思いを馳せて、心臓血管外科の一端を覗いてもらい、目路はるかの先には色々な世界があることを知ってもらうことでした。
 最初に自己紹介を兼ねて、昭和37年慶應義塾体育会創立七十周年式典記念講演で、当時の小泉信三塾長がお話された「スポーツが与える三つの宝」について紹介し、競争部での活躍でこの三つの宝を得たことが、私の学生時代一番の思い出で、その後心臓血管外科医としての精神的支柱となったことを伝えさせて頂きました。
 その後本編では、「魂の宿る心臓にだけは手をつけてはならぬ」と語ったアリストテレスの時代から二千数百年を経て、如何にして心臓の手術が可能になったか、特に心臓を切開し、心内の病気を修復するために心臓を止めている間心臓に代わって全身の循環を維持する人工心肺装置開発の歴史やその仕組みについて概説しました。その原型は、世界で初めて大西洋単独無着陸飛行に成功したチャールズ・リンドバーグにより造られた事や、実際に臨床応用された人工心肺装置を開発したギボンの約20年の歳月に渡る挑戦を振り返りながら、空気や異物と接触すると凝固してしまう血液を如何にして人工物の中で循環させるか、どうやって心臓を止めるのか、一度止まった心臓のコンディションを悪化させることなく拍動を再開させる方法等、その仕組みを虚血性心筋症に対する左室縮小形成術の手術ビデオを供覧しながら解説しました。その後、実際の人工心肺装置や心筋保護装置を見学しつつ、その構造と仕組みについて理解を深めて頂きました。
 次に日本において心臓移植手術の進歩が遅れた理由を紹介し、挑戦者としての外科医の気概が医学を進歩させる一方で、倫理観を見失う可能性があるという問題を提起させて頂きました。
 質疑応答では多彩な質問がありましたが、それを踏まえ最後に一言生徒諸君へのメッセージを記させて頂きます。私は「鋼のメンタル」のような精神力は持ち合わせておらず、手術の時は人並以上にプレッシャーを感じていました。ですが、プレッシャーという感情は、「練習ハ不可能ヲ可能ニス」の体験が糧となり、プラス思考で経験値を高めた結果、理性でコントロールできるようになりました。ですから皆さんも何事もあきらめずに自分を信じて研鑽に励んで下さい。慶應社中の一員として、生徒諸君の目路はるかのその先に前途洋々たる希望に満ちた未来が開けるよう応援しております。
 末筆で失礼ながら、早くから来校し体外循環装置を準備、協力して頂いた業者の皆様への感謝の気持ちを忘れずに、また心臓の手術は多くのスタッフや業者の皆様の支えがあってなしうるチーム医療だということもあわせてお伝えさせて頂きます。

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