労作展

2025年度労作展 受賞作品

英語科

初めての労作展

1年K.I.君

 労作展の日に自分の教室に入るとまっさきに自分の作品を探した。自分の作品がどのように展示されているか気になったからだ。そして、自分の作品を見ると賞の札がついていて嬉しかった。僕は小学生の時、労作展を見て賞をとるような作品を作りたいと思ったことが普通部を志望するきっかけとなった。その願いが叶った瞬間だった。
 僕は今回の労作展で英文和訳をした。もともとは立派な模型などの作品を作ることに憧れていたが不器用なため向いてないと思い、論文で出そうと思った。また労作展で賞を取った先輩からは夏休み毎日労作展の作業をしていたと聞いたので僕も毎日取り組もうと思った。その時に毎日やるのなら勉強になるものをしたいと思った。そうして考えると英語をできるようになりたいという思いがあったので英語をやることにした。賞を取りたかったので普通部会誌に載っている跡部先生の英語で労作展を出す人に向けて書いてあるポイントのところを繰り返し読んだ。そこには一冊を終わらせていることや自分のレベルに合った本を選んでいることなどが書かれていたためとても参考になった。僕は海外在住経験や英語の勉強もほとんどしたことが無かったため作品選びでは簡単な本を探した。また小説などを和訳しようとしても興味がなければ挫折しそうだったので僕の好きなラグビーの本を探した。その結果子供向けにラグビーのレジェンドの伝記が書かれた本を見つけた。ただこの本が簡単すぎると思われたら賞を取れないのではないかと思ったので伊東先生に相談した。すると制作日誌次第では賞を取れると言われた。だから、普通部会誌にも載っていたが作業時間を書くことや、その本を選んだ動機を書くなど制作日誌も頑張って書いた。そして、意気込んでいた僕は六月から作業にとりかかり始めた。しかし初日に一時間やって五行しか進まなかった。文章中のほとんどすべての単語を辞書で調べないといけないほど単語が分かっていなかった。この時はこれが百ページ続く絶望と完成しきらずに提出日を迎えるのではないかという不安や焦りが一気にふくらんだ。当初の意気込みは一日にしてしぼんだ。そして七月は期末テストや林間学校や海浜学校が続いた。正直林間学校などが楽しすぎて進めようと思わなかった。まだ一割ほどしか終わっていなかったため非常にピンチに追い込まれていた。そして八月に入った。一日六ページやれば間に合うなどと計画を立てたが、最初のうちは六ページできない日もあった。思うように進まないことにイライラしたり、終わるかどうかが怪しくなっていてとても焦っていたりして、心に余裕がなかった。この頃からだんだん賞を取るということよりも一冊をやり切るということが目標になってきていた。ラグビー部の練習や合宿以外の時間をほとんど労作展に当てた。夜の十一時くらいまでやった日もあり体力的に辛かった。本来ならもう清書をしている予定だった八月末は下書きが書き終わったところだった。そして九月に入った。一冊を終わらすために毎日朝から晩まで十時間労作展をしていた。
 そして提出日前日の夜に製本も終わり、制作日誌も書き終え、制作日誌のまえがきが書き終わって完成した。その時はとても嬉しかった。間に合わないかもしれないと思っていた作品が完成したことにホッとした。子供向けではあったが英語初心者である僕が英語の本一冊を英文和訳できたことに喜びを感じていた。その時の喜びは賞を取った事が分かった時よりも大きかったと思う。
 僕はずっと労作展で賞を取りたいと思って労作展に取り組んでいた。しかし、一生懸命に取り組んでたくさんの時間をかけたり苦労したりした一つの作品が完成した時はやりきったという達成感が賞を取った時の嬉しさよりも大きかった。自分が選んだその一つの作品を完成させることがとても大切なのだと思った。だから、来年も夏休み全てをかけて熱中することができる作品を作りたい。