労作展

2025年度労作展 受賞作品

国語科

自分にしか書けない話を書く

3年Y.S.君

 労作展で小説を書く、ということから、逃げ続けてきた二年間だった。
 一年生の夏休み。元々作文が得意だったので、小説を書いてみたらどうか、と周りの人から言われたことがあった。しかし、僕は結局そうしなかった。理由は二つ。面倒くさかったから。それと、自信がなかったから。
 この時の判断は、もしかしたら正しかったのかもしれないと今では思う。おそらく、当時の自分が小説執筆に手を出していたら、すぐに挫折していただろう。その代わりに、「未来の新聞」というテーマで、中途半端に時間をかけて、中途半端に努力して作ったものを提出した。案の定、賞はついていなかった。
 授業で書くエッセイ、日記、それから読書感想文。今まで、「実際に体験したこと」ばかりを文章にしてきたことに気づいた。個人的には、これはとても簡単な作業だととらえている。自分が見たこと、聞いたことをそのまま書くだけで、形になるからだ。人が書く文章のなかで、「小説」は異質なものだと思っている。自分の目の前で起こってもいないことを、机の上で作り上げて文字をつづる。根気よく文章を書く力に加えて、並外れた想像力が要求される。
 一年生の労作展後、各科講評で賞がついている先輩や同学年の作品を見た僕は、強く心に刻んだ。小説を書かなければ、と。賞がついている作品のほとんどは、小説作品だったからだ。
 中学生二回目の夏休みが近づいてくると、暇を見つけては小説の構想を練るようになった。しかし、そのどれもが、ことごとく空回りに終わった。
 プロ野球選手が殺人事件に巻き込まれる話、学校で起こった奇妙な事件。推理ものを中心に何度も考えたが、全て長続きしなかった。書き始めてから三日もたてば、自分の書いているものが、ひどくくだらないもののように思えてくるのだ。
 結局二年生の労作展は、書道科で提出した。
 そして、最後の労作展。僕の中に浮かんでいた選択肢は二つだった。引き続き書道科で提出する。そしてもう一つは、国語科で小説を書くこと。
 もう二度と戻ってこない、この中学三年生の夏。
 今しかできないこと、この労作展でしかできないことをしたい。それは何か。答えは決まっていた。
春休みには決心がついていたので、構想を練りつつ、執筆に移った。しかし、ここでも僕は二年生の時と同じ問題に直面する。
 原稿を書いては消し、書いては消して。どんなに種類を書いても長続きしなかった。自分の何の役にも立たない文章と、プロの作家の洗練された物語とを、比べるたびに嫌になった。去年から一ミリも成長していない自分に辟易した。意欲は少しずつ、しかし着実に削られていった。
 そんな時、出会った言葉があった。
 「自分にしか書けない話を書け」
 肩の荷が下りた気がした。
 そもそもつい最近パソコンに向き合い始めたような人間に、そんな上手い話を書けるわけがないのだ。
 そんな自分が唯一勝負できるステージがあるとすれば、それは自分がよく知っている分野だと思った。
最初に思い浮かんだのは、野球部だった。三年間も身を置いてきたわけだし、その仕組みはよく理解しているつもりだ。しかも、僕が題材にするのは中学校の野球部。高校野球をテーマにした話はたくさんあるが、中学野球、というのはあまり聞いたことがない。
 さらにオリジナリティーを出すために、「夏合宿」という期間限定のイベントを切り取ることにした。これがそのまま、小説のタイトルにもなっている。
 テーマが決まってからは、楽な道のりだったと思う。登場人物たちと一緒に、合宿を過ごしているかのような、そんな感覚で書き進めることができた。
 本当に楽しい、四泊五日であり、半年間だった。