音楽科
僕は箏を奏でる
3年W.Y.君
労作展音楽科の演奏会は、ものすごい数の観客だった。目の前には普通部の友人が並んで座っている。僕の後ろには、立見スペースでも足りずに、たくさんのお客さんがステージ上の椅子に掛けている。見渡すと、家族や、僕が演奏すると聞いて駆けつけてくれた、サッカー部の保護者の方もいる。三百六十度の観客に囲まれて、僕は夏の間ずっと練習してきた六段の調を、心を込めて弾ききった。
思い返せば、一、二年の僕の労作展は、情けないレベルの社会の論文を提出することで終わってしまった。最後の労作展で何をするか。論文や美術では優秀な友人たちの作品に埋もれてしまうと思った。緻密に練り上げたレポートや、家に飾っておきたくなるような美術作品は作れないけれど、誰かの目に留まることをしたいと思ったときに、小学校のころから続けている箏を題材にすることを思い立った。
題材は決まったものの、僕はあまり難しい曲を弾いたこともないし、ソロで弾いたこともない。 そこで、お世話になっている箏の先生に相談して、選曲やレッスンをお願いした。労作展で取り組むにあたっては、箏のためにアレンジした現代曲もあるが、せっかくなら今までに弾いたことのないような古曲に挑戦してみたくなり、古曲の「六段の調」を選んだ。江戸時代に作曲され、箏をずっと弾いている人ならば一回は弾いたことのあるような有名な曲だ。
六段の調は徐々にテンポアップしていく曲で、箏の様々な技法、たとえば弾き色、押し手、トレモロ、合わせ爪などを使って演奏する曲だ。初めてチャレンジする技法もあって難しかったし、また、僕は今までに合奏でしか弾いたことが無く、自分で拍をとりテンポを調整することがなかなかできなかった。四段あたりからテンポが速くなり、細かい音を間違えずに弾くのはことさら難しい。録音本番ではミスをしてしまったら振り出しに戻らなければならない、その緊張感を想像しながら練習をした。うまくいかなかったポイントを楽譜に書き込んでいきながら、先生のアドバイスを何度も思い出していた。特に苦労したのは合わせ爪で、重音がバラバラにならないように気を付けた。撮影日は決まっているから、それに向けて練習を積み重ねた。
曲の練習と同時進行で、労作展当日の「映え」も意識しなければと考えた。ただの録音ではなく、音響の良いホールで撮影して、照明を当て、音源はより良いものを求めた。江戸時代の古曲であり、箏は日本の伝統文化であることを意識し、撮影時の衣装を紋付き袴とした。
向かえた撮影本番では、簡単には進まず、何度も弾き直さなければならなかった。舞台の上は暑く、袴を着ながらの撮影だったため、体力的にとてもきつかった。しかし、広いホールの中で自分の箏の音だけが響くのは、何よりも気持ちの良いものであった。
労作展当日はたくさんの人が作品の感想を伝えに声をかけてくれた。さらに嬉しいことに、後日何枚もの「みんなの労作展カード」が届いた。普通部三年目にして、初めての経験だった。感想は、箏の演奏が珍しい、僕が箏を弾けるのは意外だ、袴を着ていておもしろいというものだった。
正直に言うと、僕の箏の実力は、その道で本格的に練習している人にはまったく及ばない。それでもなぜ賞に選んでいただけたのか、振り返ってみたい。
一、計画をたて、実行した。
一、他者の協力をあおいだ。
一、自分の強みを分析し、特異性のある分野を選択した。
一、見せ方を工夫した。
一、最も重要 自分が好きだと思えることに取り組んだ。
今までの労作展の中で最も大きな達成感を感じた。演奏会という集大成の場を用意してくださった鎌田先生、夏休みの間、何度ものレッスンと撮影日当日にご協力くださったY先生、本当にありがとうございました。