労作展

2020年度 受賞作品

社会科

諦めなかった労作展

1年Y.J.君

 プルルルルー
自宅の電話が鳴った。 聞き慣れた正田先生の声が聞こえた。
「労作展の賞を取ったよ、 おめでとう!!」
我が耳を疑う嬉しい言葉を伝えて下さった。 青天の霹靂とは正にこの事だ。 「やれば、 出来る!!」 まるでお笑い芸人ティモンディ高岸さんが僕の横でそう叫んでいるかのような感覚に包まれた。
 思い返せば一年前の労作展、 まだ受験生であった僕は先輩達の作品を見て只々驚くばかりだった。 果たして一年後の自分はこの場に居るのだろうか、 どんな作品を展示しているのだろうか。 その時に感じた思いが最高の結果として果たせたのである。
 今年は、 新型コロナウイルスの影響で入学当初から学校に通えず、 ひたすら自宅での学習の日々が続いていた。 労作展に関しても、 先生から案内はあるものの初めての事でもあり、 どの様に進めて良いものやら正直途方に暮れていた。 どんな作品を作ろうか悩む日々を送っていたある日の午後、 自宅の窓の外からゴォーッと大きな音が聞こえてきた。 急いでベランダに出てみると大きな飛行機が家の真上を通り過ぎて行ったのだ。 羽田空港への都心ルートの話は聞いていたが、 まさか自分の家の真上を通って行くとは想像もしていなかった。 そう言えば、 コロナの影響で飛んでいる飛行機の数が減っているとニュースで言っていたが実際空の上はどんな感じなんだろうという疑問が湧いてきて、 これを労作展の題材にしようと決めた。 僕の 「空の地図」 作りの始まりだ。
 最初に土台となる日本列島は、 日本地図を立体化して組み合わせてみたら面白いのではないかと考え、 まずは作業行程をプランする事から始めた。 この時点ですでに六月に入っており期末テストの事を考えるとあまりのんびりしていられないと焦りと共に作業が始まった。
 日本の立体地図を作るにあたり適当な地図がなかなか見付からずいきなり壁にぶち当たったが、 訪問した 「日本地図センター」 や 「内外地図株式会社」 の方々、 又、 作製にあたっては建築模型を扱う 「レモン画翠」 の方々に色々なアドバイスを頂くことが出き効率良く進める事が出来た。 色々な人に助けてもらえたことに本当に感謝している。 いざ始めると細かい作業の連続で目や肩は痛くなったり大変な思いの連続。 しかし、 少しずつ出来上がっていく立体地図を見てにやけている自分がいた。 立体地図作りに丸二ヵ月没頭してしまったお陰で、 気付けばもう八月に入っていた。 「やばい」 と思った時にまた問題発生。 最終行程の土台ベニヤ板が反り返り始めていたのである。 慌てて、 技術で習った 「合板」 の知識を見直して何とか最小限に食い止める事が出来た。 源馬先生ありがとうございます。
 あと一ヵ月で残りの行程を終える事が出来るのだろうか、 急に不安で仕方なくなり自信を失ってしまった事もあった。 しかし、 正田先生の助言もあり、 自分を信じてやり切る事を決断出来た。 正田先生、 ありがとうございます。
「諦めなくてよかった。」
 途中、 航空機の針金がゆるんだり、 飛行機が外れたりと更なる問題が発生したりもしたが、 失敗も重ねながら自分なりに工夫し諦めず続けた事で何とか完成にこぎつけることが出来た。 出来上がった時は、 思わず、
「よっしゃ、 終ったーーー。」
と声を上げていた。 長い長い夏の戦いに勝利した気分だった。 正直ほっとした。
 やり遂げた自分を嬉しく思うと共に様々な人々にアドバイスを頂き助けてもらえた事に感謝の気持ちがあふれてきた。
「やれば出来る!」
この思いを胸に、 来年の労作展も、 そしてこれからの人生も諦めずに歩んでいこうと思う。