労作展

2020年度 受賞作品

美術科

よみがえる校舎、そして記憶

2年S.T.君

 慶應義塾普通部綱町旧校舎。
 この校舎を知る人は少ないだろう。 大正〜昭和にかけて使われたこの校舎は戦争により焼けてしまった。 木造なのにも関わらず、 どこか洋風でかっこいい雰囲気をかもし出している。
 この校舎の写真が、 一年生の教養の授業で配られたプリントに載っていた。 その写真にものすごくひかれた僕は、 この校舎を再現して蘇らせたいと思った。 労作展で綱町旧校舎のジオラマを作ることにした。
 綱町旧校舎を作るにあたって、 難しいことがいろいろあった。 例えば、 校舎に関する資料が非常に少ないということである。 見取り図や校舎の一部分が映された写真が二、 三枚ほどしかなく、 どういうものを作れば良いのかさえ分からない状況だった。 ジオラマを作ると決めてしまったものの、 完成させるのは不可能だから社会科の論文に変更した方が良いのではないか、 とさえ思った。
 資料がないのなら関係者等にインタビューをすれば良いのではないかと思う人もいるだろう。 しかし、 それはかなり厳しかった。 そもそも、 校舎が存在していたのは七十五年ほど前であり、 そこに通っていた人は現在九十代になっている。 九十代でお元気な方となるとかなり限られてくる。 さらに、 コロナ禍で高齢者と会うのはかなり危険だろう。
 それでも、 なんとしてでも旧校舎を作って、 蘇らせたいという思いは消えなかった。 そのような状況でも、 なんとか数人の卒業生等にインタビューすることができた。 もちろん、 全ての取材が参考になったが、 旧校舎について覚えている人より、 あまり記憶に残っていない人の方が多かった。
 そこで、 正確に旧校舎を作るのに加えて、 もう一つ目標ができた。 それは、 この校舎に通っていた人 (卒業生の方々) に綱町旧校舎のことを思い出していただくことだ。 僕が作るジオラマを見て、 遠い昔の学生時代を少しでも思い出してもらえたらいいなと思った。 また、 綱町旧校舎に通っていた人のご子息にも取材し、 資料を集めた。
 その後、 夏休み中も毎日制作を続け、 なんとかギリギリ完成させることができた。
 そして、 労作展当日、 嬉しいことに賞を取ることができた。 でも、 僕の労作展はまだ終わってはいなかった。 制作の際に取材をさせていただいた方々に作品完成のご報告をする必要があったのだ。 報告はメールや電話等でした。 メールは躊躇なく送れたが、 電話をすることは何処かためらっていた。
 もし、 卒業生の方に
「僕が通っていた校舎とはちょっと違う…」
 なんて言われてしまったら…という不安が強かった。 学生時代を思い出していただくという目標が達成できなくなるかもしれないと思った。
 そんな気持ちを抱きつつも、 電話をかけた。
「トゥルルルル…トゥルルルル…」
 電話の呼び出し音が頭の中で響き渡る。
「(ガチャ…) もしもし」
 先方が出た。 その声を聞いて僕が挨拶すると、
「あ〜、 杉村くんか。 作品の写真届いたよ。 すごく感動したよ。 昔、 僕が通っていた綱町校舎が目の前にある、 と思って本当に涙した。 学生時代を思い出したよ。 こんな作品を作ってくれてありがとう。」
と一気に話してきた。 僕はフッと体が軽くなったように感じ、 全身がジーンと温かくなったような気がした。 こんなに嬉しいことがあるだろうか。
 僕は電話越しに喜びをかみしめながら、
「ありがとうございます。」
 部屋中に声が響き渡った。