労作展

2019年度 受賞作品

書道科

「書」と心

3年S.K.君

 「書道ってただ紙に字を書くだけじゃね?」

 自分が労作展で書道をやっていると言ったときに友達にそう言われた。

 「・・・確かに。」

 書道を舐めるなよ?なんて思いながらも僕は何となく共感してしまった。しかし書道が簡単かといえばそうではない。苦行だ。精神力をすり減らしながらも書き続けて作品を作る。プログラミングでゲームを作ったり小説の構想を練るよりよほど単純だけれど僕は自分の作品に自信を持っている。作品を仕上げ終わったときに起こる達成感がそれを物語ってくれる。

 自分が書道に打ち込めたのは字を書きたかった、というよりも達成感を味わうためだったのかもしれない(もちろん字を書くのが楽しかったというのもあるが)言うなればそこに山があるからだ。山を登るなんて正直ただ疲れるだけかもしれないがそうではない。理由もなくただ登頂したときに達成感を味わうがために登るのだ。登頂したときに自分が登ってきた軌跡を見返して「俺、成し遂げたんだ。」と感慨にふける。それと同じようなものだ。だから三年連続で賞を獲れた時は思うところたくさんあって嬉しかった。おまけに一年、二年生の時には特別展示をもらい、二年生の時の作品が一年間学校に飾られた。今年の作品に関しては一、二年の時とは紙のサイズが大きく字も段違いに難しくて、最初お手本を見たときは苦笑した。それでも練習を重ね満足いく作品を書きあげた。その時は書き終えた、という安堵感が大きかった。達成感を覚えたのは教室に飾られている作品からかなりの迫力を感じ取った時だ。自分が書いた作品が表装され大仏に目が吹き込まれるがごとく生き生きとし「作品」が教室に飾られていた。改めて自分の作品を見るとまだ直せる部分も見えたが、ここまで仕上げてきた過程を知っているからこそ来場者が自分の作品を鑑賞しているのを見ると本当の嬉しさが込み上げてきた。

 労作展をやるにあたって目標にしていたのは満足することだった。ぶっちゃけ賞を取るのはどうだってよかった。満足できる作品に仕上がらないとたとえ賞を獲ったとしても心から嬉しくはないのだ。その面からすると三年の作品より二年の作品のほうが満足感は上だった。自分でも上手いと思った作品だった。また、字には気迫がこもっているのとこもってないものというのが表れると僕を指導してくれた習字の先生がおっしゃっていた。僕は字を小綺麗に収めるんだったら思いっきり書いて線に味をださせようと決めていた。そんな思いが普段落ち着きがない自分を制御し、字を書くことに集中させてくれた。

 最後に書道で何が残ったのかを考えた。まず挙げられるのは三年間で合計八百枚近くを書いて培った忍耐力、少しでも縦横の列を乱さないように且つ字も丁寧に書かないといけないという集中力。この二つは他の分野でも大いに発揮される能力だと思う。これらを含めて書道をやり続けた三年間の労作展は一生のうちでかけがえのない宝物となった。