労作展

2017年度 受賞作品

技術家庭科

「刺し子」で絵を描いた3年間

3年Y.I.君

 すでに深夜になっていた。目の前の紺色の布に何種類かの花火が打ち上がり、ライトアップされた東京タワーが浮かび上がる。「色と華」を紡ぐという今年の労作展もこれで終わり。かなり眠くなっていたが、何度体験しても、この完成した瞬間は本当に気持ちいい。でも今年は少し寂しい気もした。

 正直、3年目の今夏は最後の最後まで不安だらけだった。今まで白地の布だったものを、夜景を描くことにしたので紺色の布にしたこと、そこに暗い糸で刺し子を縫っていくと、遠目には縫っていることすらわからないこと。でも明るい色糸では、実際に見た夜景や写真で見る光景とは雰囲気が変わってしまうから、がまんして地味な色糸で縫う作業を繰り返した。途中でやっと東京タワーの明るい色が使えて夜景らしくなってきてからも、去年より縫っている細かさが足りないかも、単調すぎて柄の面白さがでてないかもと心配は尽きなかった。毎年何か前作を超える工夫が形になるようにと考えていたし、3年目のメダルのプレッシャーも少しあった。

 僕は3年間、この「刺し子」を労作展にしたが、もともと裁縫ができたなんてことは、まったくない。小学校が変わっていて家庭科がなく、針と糸を持ったことも、ボタンつけもしたことなく普通部に入学した僕は、当然、最初の技術・家庭の授業でただ一人、とても困ることになった。しかたなく家で母に最低限の縫い方を教えてもらったときに、刺しゅうとか刺し子とか、文字とか模様を糸で出来ることを知って、面白いな、楽しいなと思ったのが、「刺し子」に取り組むきっかけになった。1年の労作展で調べてわかったのだが、「刺し子」は日本の伝統的な刺しゅうで、実にたくさんの「文様」があって伝統芸術みたいだが、もともとは東北などの寒い地方で布の衣類などを温かく丈夫にする工夫として始まったらしく、江戸でも火消し半てんなどにも利用されていたりして、実はとても日常的で実用的なものだったらしい。

 1年の時は、自分で描いた想像の「山寺」の絵を、輪郭と絵に合った10種類文様を当てはめて縫った。高山と上流から流れてくる川、木々、寺や鐘、すすき野原などを大きく描いた。絵を描くことが好きで、水墨画がかっこいいと思っていた頃で、原画は筆ペンで、糸も暗めの色で雰囲気をだそうと考えた。70センチ×48センチの布は、裁縫をしたことのない僕にはかなり広くて、考えると無謀な挑戦だったし、けっこう簡単にいくと思いきや、曲線の縫い方で苦戦したり、慣れない針を何度も指に刺して、血がでて絆創膏だらけにもなった。でも、縫うことがとても楽しかった。夏に事故でひと月も入院していたので取り組む時間も少なくなってしまいギリギリの提出となったが、初めての労作展で賞の帯を見た時は本当に嬉しくて、その気持ちが残りの2年間、「刺し子」をやろうと思うスタートになった。

 2年の作品は「刺し子で描く風景Ⅱ海辺~組合せ模様と色糸で~」。絵は稲村ケ崎のスケッチをもとにした「海」。それと1年の作品を見直してみて、すき間が多いなと思っていたので、たくさんの文様を組み合わせてびっしり糸で絵を描いたらどうなるか挑戦してみた。一目刺しの「米刺し」は交点を4回ほど糸が通ることで初めて布が厚く丈夫になることを実感したり、模様をつなげることで海の表情が変わったり、工夫が十分にできた手ごたえがあった。糸は青、白、緑、茶と寒色系で地味ではあったが、糸で絵を描くという目的が達成できた。

 そして、3年は冒頭に書いたとおり、不安の連続。「刺し子で描く風景Ⅲ~東京夜景~色糸で紡ぐ光と華~」とファイナルらしく少し背伸びしてみた。初めての40色の色糸と紺地の布。満足しているのは、光の明暗を考えつつ細かく縫ったレインボーブリッジ、ライトアップされた東京タワー、遠くのビル群の窓明かり、暖色系の色糸を多用した複数の花火。未来の東京オリンピックへの期待も込めて会場近くのお台場を先取りして描いた。実際に夜景も見に行って暗さも確かめ、写真も撮って忠実に再現しようと思ったが、苦労したのが「夜の海」と「屋形舟」。色を変えてみたりもしたが、水面に映る光や暗い中の輪郭は本当に難しかったし、今でも、もう少し工夫できたかもと思っている。

 針を持ったこともなく、しかも飽きっぽい僕が、糸で絵をつくるということが楽しくて3年間コツコツした作業に取り組むことができた。3つの作品と3つのメダルを見ながら、自分でもちょっとびっくりしている。来年からは「刺し子」をする機会はたぶんなくなるが、3年後の2020年、たぶんオリンピック放送を見ながら今夏の不安やら、嬉しさやらをきっと思い出すだろう。