2020年度 目路はるか教室

3Cコース

Physician-Scientistのすすめ

1983(昭和58)年卒業慶應義塾大学医学部 循環器内科准教授

佐野 元昭 氏(さの もとあき)

 医学生物学は、数学や物理、化学と比べると不確実です。人命がかかった間違いの許されない選択において、自分の感覚では…、長年の経験に基づくと…など主観的な根拠で判断する事は許されません。そこで力を発揮したのが疫学です。疫学とは、個人ではなく集団を対象として病気(疾病)の発生原因や流行状態、予防などを研究する学問。人間の体には不確実性が多く、データをとって分析すると生理学的な理屈の上では正しいはずの治療法が効果を示さないケースや、経験と権威にあふれる大御所の医師たちがこれまで続けてきた治療法が実はまったくの誤りであったという事例が少なからずありました。目の前の患者さんにとっても最善の治療を行うために、数学とコンピューターを駆使してデータを解析して、その結果に基づき最善の判断を下す医療の事をEvidence-based medicineといいます。

 医学は、「多様性」に富む生物を対象にしています。父親からの30億個のゲノム配列と母親からの30億個のゲノム配列の重なりによって個人の設計図はつくられています。ひとりひとりのゲノム配列は数百万個も違います。これが個人個人の多様性を生んでいます。遺伝子が違うことによる人の違いとは、外見や性格の違いだけでなく、病気になりやすさの違い、薬の効き方の違いにもつながってきます。2003年 ヒトゲノムの全配列が解明されました。現在では、30億個のゲノム配列が次世代シクエンサーで低コストに、かつ迅速に高精度に読み取ることが可能となり、個別化医療の時代を迎えようとしています。

 physician scientistとは、医学と科学の学位を持っている人で、科学研究に多大な時間と専門的な努力を惜しまない医師のことを指します。臨床現場における問題点や疑問点を、いったん患者さんから離れて、細胞やマウスを用いた基礎研究(現象をよりよく理解し、予測するために科学的な理論を改良することを目的とした科学研究)で明らかにして、その成果を臨床の現場に還元することにより新しい治療薬の開発や診断法の開発につなげていくことをめざしております。医学は、多様性に富む人間を対象に誤差のある現象を科学的に扱う生物学ですから、基礎研究から生まれた発見は、ヒトからデータを収集して、統計学的解析を行うことによって、安全性と有効性を確認する臨床研究が必要不可欠です。実験と検証、基礎研究と臨床研究の往還によって医学は進歩を続けているのです。physician scientistはこのすべての工程において主導的な立場を果たしております。

普通部生に伝えたいこと

 人生で壁にぶつかった時に、自分一人の力だけでは乗り越えることが出来ないケースが多々あります。そんな時に助けてくれるのは、家族であり、友人です。普通部にいると自分がいかに恵まれた環境にいるのかを見失いがちですが、周囲の友人や先生方は、才能にあふれ、人柄も家柄もすばらしい方ばかりです。高校、大学、社会人と進んでいくと、周囲の環境や、交友関係も多様性を増しながら変化していきますが、常に自分の置かれた環境に感謝して、ベストを尽くし、様々な人たちと交流を深め、時には、意見が合わない、気が合わない人たちとも何とかうまくやっていく努力を積み重ねていくことが、いざ、自分が壁にぶつかった時に、乗り越えていく力を与えてくれます。育ててくれた両親や周りの人に感謝する気持ちを忘れず、諸君の未来が幸多からんことをお祈りいたします。

 

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