2019年度 目路はるか教室

2Dコース

伝統、基本、少しだけ未来

昭和53(1978)年卒業オリックス 株式会社

鈴木 清久 氏(すずき きよひさ)

 今回、世話人の奈良文彦体育会相撲部総監督から、弓術部監督の経験などを気軽に話して下さいとお声掛けいただきました。既に講義をなさった先輩方と比べ一介のサラリーマンである自分では恐れ多いとは思いましたが、普通部と弓術部への恩返しの意味で引き受ける事に致しました。

 授業内容は、自分自身の普通部時代を振り返ると、大学生との接触が少なかった事と、単なる座学は飽きがちだったので、先ず「基本」として弓術部監督らしく志正弓道場で弓や和を体験して貰う事にしました。次に、「伝統」として日吉キャンパスの昭和史を、蝮谷の奥にある道場に向かいながら伝えようと考えました。自分が通った1970年代後半から80年代半ば迄は、今より雑然としていた事、塾高も現在のように白亜の校舎ではなかった事、そしてそれは1970年代迄には確実にあった太平洋戦争の爪痕であった事が徐々に思い出されました。私自身、塾高の校舎が完成した1934年当時、使用頻度が少ない校舎であった事から1944年に海軍に校舎ごと貸しただけではなく、蝮谷の中腹に作られた防空壕が連合艦隊司令部であった事、それにより戦後米国に義塾は好戦的と見做され、復興が遅れた事等を明確に伝えられた記憶がありません。そこで、昭和初期の義塾の様子、敗戦によって与えられた義塾の試練、その影響が1980年半ば迄は色濃く残り、現在も日吉キャンパス周辺からも窺い知れる事を伝え、昭和から平成、令和と年号が移る今、日本が米国と戦争して負けた事実と平和の大切さを、是非記憶に留めて貰いたいと考えました。

 また、福澤先生が弓術部の創部以前から関与され、初代師範を招聘していた事等の慶應弓術の歴史を伝えました。更に、弓に関係する用語が現在も日常的使われている事から、我が国の文化の一旦を担っている弓の文化を知る事により、基本や伝統を理解する事で「少しだけ未来」に向けた国際化に備える事を意識しました。

 「基本」の項目の一環で、部員に伝えている慶應弓術の教え「静射」を言い換えると「イメージトレーニング」や「PDCA」となる事を伝えました。「静射」とは、弓を引く前にこれから行う行射を頭の中でイメージし、そのイメージ通りに行射し、引き終わった後、最初のイメージと実際の行射との相違をまた考える事を指します。部員はこれを繰り返し、イメージ通りに出来るまで練習します。この反復練習の大切さは、弓だけではなく、あらゆる物事に共通すると伝えました。その他、緊張を無理に抑えようとせず、緊張している自分を受け入れる冷静さや、弓を引く時に大切な丹田の使い方に繋がる「上がり」を抑制する呼吸法、吐く息の大切さは、全く違うスポーツやスポーツ以外の例えば試験に臨む際にも応用出来る事を伝えました。

 また、体育会だけではなく、興味のある物を徹底的に突き詰めていく事の大切さや、ある程度突き詰めないと見えてこない景色がある事を自分自身の経験も交えてお話ししました。少しだけ未来についての、会社の総務の仕事には少し触れましたが、その場の雰囲気からESG(環境、社会、企業統治)については説明を省略しました。

 弓道体験の前に、弓道の基本でもある姿勢、立ち方、座り方、礼の仕方を説明し、実践して貰いました。実際に行ってみると、見る見る内に姿勢が良くなって行き、言ってもなかなか直らない體育會弓術部員より素直で飲み込みの速さに驚きました。

 感想文を拝見すると、かなり真剣に聞いてくれていたことが良く分かりました。部員の演武では、実際に王座優勝を目指す選手が引き受けてくれて、目の前で本物の弓を見せる事ができた上、体験教室では多くの現役部員の協力もあり殆ど全員が楽しかったと書いてくれました。また、単に的あてを遊んでいるように見えても、結構真剣に的中に向けて考えながら修正したり、努力していたことが記されており、正に「静射」を実践しようと心掛ける普通部生の質の高さを感じました。

 

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