2018年度 目路はるか教室

3Dコース

機を見るに敏

昭和54(1979)年卒業東京歯科大学 市川総合病院循環器内科

大木 貴博 氏(おおき たかひろ)

 循環器内科という領域の医療に関する教室を開かせてもらいました。3時間という時間を頂き、医師という職業について、循環器内科という分野について、そして現在我が国が抱えている医療問題について、いくらかでも知ってもらえればと思いましたが、意外にもまだまだ時間が足りなかったというのが実感です。

 私のように普通部と塾高の低学年を安穏と過ごしてしまった人間にとって、医学部を目指すことは非常に大変な苦労が必要であったとお話ししたところ、努力次第では誰でも医学部を目指すことができる、と希望を抱いてくれた普通部生もいたようでなによりですが、一方、尋常ならざる学習量を経て医学部を卒業してみると、知識よりもむしろ体力勝負である、ということをお話ししたところ、そんなに一所懸命勉強してもそれが無駄になるような世界なら医者にはなりたくない、と感じた普通部生もいたようで、そのように受け止められたとしたら、私の話し方が良くなかったと反省します。医者として働く以上、医学的知識の上に成り立った思考、行動をとっているのは当然であり、私が言いたいことは、医者という職業は単なる頭脳労働ではなく、肉体労働である面も大きいということです。医師を目指す普通部生がいたら、若いうちにどんどん体力を付けて将来に備えてもらいたいと思います。

 循環器内科というところはある意味とても特殊な領域です。心臓病というと心筋梗塞や心不全など、比較的頻繁に耳にする機会も多いかとは思いますが、その実態についてはあまり知られていません。循環器内科以外の医師にとっても心臓は専門でないと立ち入れない聖域のような側面もあります。今回普通部生には循環器の基本から知ってもらい、心臓は胎生期に神秘的に始まる電気活動によって鼓動しているという意外性を伝えたつもりです。また代表的な疾患について説明し、実際に心臓超音波装置を胸に当ててもらい、自分の心臓の動いているところを見てもらいました。心臓カテーテルに関してはシミュレーター器具を使ってその手技を説明しましたが、歓声を上げながら興味深く見てもらえたのは嬉しく思いました。実際に救急外来や心臓カテーテル検査が行われているところを見学してもらったのはかなり印象に残ったようで良かったです。見学のため広い院内をゾロゾロと列をなして歩いても整然としていて、全く他人に迷惑をかけるようなことはなく、安堵と共に後輩として皆を敬愛してしまいました。

 最後に医療問題について少しお話しさせてもらいました。現代日本が抱えている少子高齢化問題は、普通部生には遠い世界に思えるかと危惧していましたが、案外皆興味津々で、眼を輝かせて一緒に考えてくれました。少子高齢化がなぜ生じてしまったかという原因を、過去にさかのぼって探求し、また状況の異なる他国をよく見て考察して欲しいと思います。そして今起きてしまっている現実に対してどのようなことが起きるか想像力を働かせること、どんなことをすれば未来が少しでも良くなるか思考力を身につけること、それらの力はとても大切な能力です。常に過去からの流れや現在自分のある状況を把握しておくこと、微細な変化もとらえる観察力を身につけること、いつでも最悪のことが起きると思って構えておくこと、どんなことでもタカをくくらないこと、突然どんなことが起きても対処できる実力と自信を備えておくこと、そして自分のキャパシティに限度を設けないこと…。余りに多くのことを伝えたくて欲張りすぎたかも知れませんが、今回参加してくれた普通部生は皆集中力を持って聞いてくれて、真剣に考え、自分の意見をしっかり発言してくれていました。私の話から多少なりとも得るものがあったとすれば、それ以上嬉しいことはありません。慶應義塾普通部生が物事の解決能力をしっかり身につけて、将来どこの世界に羽ばたいていっても、機を見るに敏で、独立自尊の社会人になってくれることを願っています。

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