HOME 目路はるか教室 2017年度 目路はるか教室 2年全体講話

2017年度 目路はるか教室 2年全体講話

一度きりの人生、悔いなきように

関山 和秀(せきやま かずひで)
平成10(1998)年卒業 Spiber株式会社

 講話の後、新本校舎をぐるっと案内していただきました。その途中、私の1年生の時の担任でいらっしゃった森上さんが、「人生の意味とか、当時の関山君はそんなこと考えていたんだなあ。全然わからなかったなあ。そういうこと、友達と話していたの?」とおっしゃいました。私は、「いや、そういうことは友達とも家族とも話してはいなかったですね。一人で考えていましたねえ」と、答えました。

 今回、目路はるか教室にて2年生の皆さんにお話しさせていただき、一番嬉しかったのは皆さんからの感想文です。234枚、全て読みました。自分が伝えたかったことがどれだけ伝わったかな?と思っていましたが、想定を遥かに超えるレスポンス。正直、感想文を読んでいて、久しぶりに普通部に行った甲斐があったなあ、と心から思いました。感じたことが素直に表現された素敵な文章。感動しました。皆さん、本当に有難うございました。

 講話後の森上さんとのやりとりや、皆さんの感想文を読んでいて、再発見したことがあります。やはり多くの皆さんが、時々かもしれませんが、人生の意味について考えたり、思い悩んだり、そういった哲学をしていて、それは側から見ても分からないということ。深刻そうにも見えないし、おそらくただぼーっとしているようにしか見えない。でも内には様々な思いや考えが巡り巡っている。

 私が目路はるか教室で皆さんにお伝えしたかったことは、クモの糸の具体的なつくり方ではなく、なぜそれをつくることになったのかという背景です。私にとってクモの糸をつくるというのは手段であり、目的ではありません。戦争をなくすことも、環境問題を解決するということも、バイオも、起業も、ビジネスも、全て手段であり、目的ではありません。私自身の究極的な目的は「幸せに生きる」ということ。私の場合、人生に普遍的な意味など存在しないということに、普通部時代に気付きました。かといって、死ぬ理由もない。しかし、幸せでないと生きている意味がない。そうして、「幸せに生きる」ということが、究極的な目的となりました。

 自分はなぜ生きるのか。その問いに立ち向かうことが、自分自身の究極的な目的にたどり着くための唯一の道だと思います。「人」はなぜ生きるのか、ではなく、「自分」はなぜ生きるのか。自分にとって最も大切なことは何なのかという問いの答えは、当然、自分の中にしかありません。それを知るためには、じっくり自分自身と向き合わなくてはならない。自分自身と向き合って一人で練りあげたオリジナルの答え、哲学は、将来自分を支えてくれる大切な軸となります。受売りの知識や哲学は、いざという時、役に立たないのです。中学、高校は、荒削りでもこの軸をつくりあげることに集中すべき時だと思います。軸がしっかりしてくると、一度きりの人生をどう生きるべきなのか、ぼんやりと方向性が見えてきます。そうやって準備を整えておけば、ある日突然機会が訪れます。高校3年の夏、私が冨田教授と出会った時のように。

 目的が決まればあとは割と簡単。ありとあらゆる手段を駆使して、目的達成に向けて合理的に行動していくだけです。思い悩むことがあっても、この原点に立ち戻って考えてみる。自分の最も大切なことは何だったのか。究極的な目的は何だったのか。

 受験のない皆さんは、幸い自分自身と向き合う時間がたっぷりあります。幸せな人生を送るために、そして慶應義塾の目的である社会の先導者、つまり偉大なリーダーとなるために、ぜひ時間を惜しまず考え抜き、試行錯誤しながら、己の哲学を練りあげていってください。そして身の丈など考えず、想像し得る最大限の可能性を探求し続け、一度きりの人生、悔いなきように生きてください!


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